第三章

少女−10歳

「母さん、おはよう!」
「おはよう、舞」

元気良く二階から降りてきた来た舞姫を、母親である來羅が笑顔で迎えた。

「お兄ちゃんは?」
「さっき出掛けたわよ」

來羅はにこりと微笑みながら言った。
少女、舞姫を家に置くようになって2年もの月日が流れた。
10歳という普通の子供ならば学校へ向かうはずの彼女。
だが舞姫は学校へ行かなかった。否、行かなくても良かった。
舞姫は8歳の時点で既にある程度の勉強が出来たのだ。
それに自分から行きたいとも言わなかったのだった。
初めは何とか行かせようと説得したものの、結局彼女は一度も首を縦に振らずに、わからない所は義兄である珠希に教わることになった。

「舞」
「何?母さん」

來羅は洗い物で濡れた手をタオルで拭き、舞姫を見つめた。
そして「本当にいいの?」と呟いた。

「いいって・・・何が?」
「学校よ、学校。行かなくて大丈夫?」

來羅の言葉に舞姫は一瞬肩をビクリと揺らした。
だがふるふると首を横に振った。

「いいの。わからないところはお兄ちゃんに聞くから」

にこりと微笑む舞姫に今度は來羅が首を横に振った。

「違うわよ、友達とか作らなくていいの?ってこと」

舞姫の目が一瞬だけ見開かれた。だがすぐに元の表情に戻る。

「大丈夫だよ。僕にはお兄ちゃんがいるもん。寂しく無いよ」

舞姫は怖かった。
もしも・・・自分が学校の人たちに受け入れてもらえなかったら・・・
今度被害に遭うのは自分だけではない。
いくら義理とはいえ気色の悪い娘を家に置くおかしな人間として母さんは見られるかもしれない。
周りの人たちとは違う姿をしている義妹を持っていると、お兄ちゃんも追い出されるかもしれない。
自分のせいで、自分を受け入れてくれた人々を傷つけるのだけは嫌だった。
今まで友達はおろか家族すらいなかった彼女にとって、來羅と珠希と・・・家族と共に過ごせる。これ以上の幸せは無かった。
舞姫は今の生活に特に抵抗は無かった。
だが來羅は違った。彼女が外で微笑んだのを見たことが無いのだ。
何度か外を歩いたことがあるが折角の長い髪を一つに結って帽子の中に隠し、いつも下を向いている。
まるで人に容姿を見られるのを、恐れるかのように。
來羅は舞姫の過去を知らなかった。

   『お兄ちゃん、お願いがあるの』
 『なんだ、舞?』
 『僕の過去・・・誰にも言わないで』
 『え?何でだ?』
 『誰にも知られたくないんだ、お願い』

舞姫は自ら珠希に頼んでおいたのだ。
自分の過去を誰にも言わないように、と。
わざわざ醜い過去を晒すよりも隠している方が安全だ。
たとえそれが自分を育ててくれる義母だとしても、隠し通さなければならない。

「でも・・・」
「もう、大丈夫だって!母さんは心配性だなぁ」

舞姫は出来るだけ明るく振舞った。
過去のことなど忘れよう。今はこの生活を送っていけばいいのだ。何も問題は無い。
その時、金属が揺れる様なジャラッという音が聞こえた。

「お兄ちゃん帰って来た!」
「え?お母さん、何も聞こえなかったわよ?」

しかし次の瞬間ドアが開く音と聞きなれた声が聞こえた。
それと同時に舞姫は駆け出した。

「舞ー!今帰ったぞー!」
「お兄ちゃん!」

待ってましたとでも言うように、舞姫は珠希の胸に飛び込む。
珠希は飛び込んできた舞姫をしっかりと抱きとめてニッと微笑んだ。

「こりゃまた嬉しいお出迎えだな」
「こんな早くから何処いってたの?今日お休みだよ?」
「買い物だ」

珠希がガサリとスーパーの袋を持ち上げて見せる。

「母さんに買い物頼まれたからな」
「今日安売りだったのよ」
お礼を言って珠希から袋を受け取り、來羅は嬉々としてリビングの隣の台所へと戻った。

「起こしてくれたら一緒に行ったのに・・・」
「一応起こしにいったんだけど、あまりにも気持ち良さそうに寝てたから起こせなくてな」
「だったら叩き起こしてよー」

ぷくっと頬を膨らまして、むくれる舞姫に珠希がニヤリと笑って言った。

「わかった、次からは激しいおはようのキスを・・・」
「ごめん今のナシ」
「ひでぇ!!」

兄妹じゃねぇか!と叫ぶ珠希に舞姫はずんずんと廊下を歩き出した。
だが途中でピタリと足を止めると、くるりと振り向いた。

「お兄ちゃん朝ごはんまだなんでしょ?一緒に食べようよ」
「おう!」

舞姫と珠希は仲良くリビングへと入っていった。


数日後。
中学2年生である珠希の通う学校では、修学旅行前日を迎えていた。
2泊3日で飛行機に乗って少し遠くまで行くのだ。

「お兄ちゃん・・・明日から修学旅行なんだよね?」
「あぁ。お土産買ってくるからな」

珠希はそう言い、寂しそうにする舞姫の頭を撫でた。
撫でた本人は安心させる為にした行動だったのだが、逆効果だったようだ。
数秒後、舞姫は突然珠希に抱き付いていた。

「おまっ・・・俺も男なんだぞ?いい加減そういうのは・・・」
「わかってるもん」

舞姫は放つ言葉とは裏腹に珠希の首に回した腕には力が篭っていく。

「お兄ちゃん・・・今日、一緒に寝ない?」
「・・・はい?」

爆弾発言に珠希は脳内がフリーズしかけた。
というか既に少しだけしてしまった。
爆弾を投下した本人はというと恥ずかしそうに服を握り締めている。

「な、何かあっても保障しないぞ?」
「いいよ・・・お兄ちゃんになら、何されても・・・構わない」
「〜ッ!!」

その夜、珠希は崩れ落ちそうになる理性を保つので精一杯だったという。


「早く帰ってきてね」
「はは、わかったよ」

ぎゅう、と珠希に抱きついて離れない舞姫。やはり寂しいのだろう。
そういえば兎は寂しいと死んでしまうと聞いたことがある。
もしかしたら自分の前世は兎なのかもしれない、と舞姫は思った。
こんなに寂しいと心から思ったことは無い。
たった2日間半だというのに既に寂しさで死んでしまいそうだ。
舞姫をじっと見つめていた珠希は舞姫の頬を両手で包み込んだ。

「あらあら・・・ふふふ」

その様子を見ていた來羅はそそくさとその場を退散した。
珠希はそんな來羅に感謝をし、舞姫の頬と額にキスを落とした。

「いってらっしゃい」
「あぁ・・・いってきます」

たった2日間だ。寂しがることは無い。舞姫はそう自分に言い聞かせた。
だがやはり寂しいものは寂しい。
行かないでなんて無理は言えないし。
ばたん、とドアが閉められた。
舞姫は寂しいはずなのにふと笑みがこぼれた。
昔はあれほど人を嫌っていたというのに、今や珠希に異常と言えるほど依存している。
人とはこんなに温かいものなのかと最初は驚いた。
だが、だんだんとその温かみが心地良くなってきて、気付いたときにはその温もりが無ければ死んでしまうと考える程になっていた。
今日はお兄ちゃんに貰った人形でも抱いて寝るとしよう。
10歳にもなって恥ずかしいが、そうでもしなければ寂しさを紛らわせることが出来ない。
舞姫は沈む心を無理やり明るくさせようと頑張った。
平然な態度を保ちつつ、リビングへ戻ると、來羅がニヤニヤと笑っていた。

「お帰りなさい♪お兄ちゃん行っちゃったね」
「そうだね・・・すぐ帰ってくるさ」
「ふふ、今日はお母さんと寝る?」
「遠慮しとく」

來羅はそんな舞姫に「素直じゃないわね」と笑いながら言った。
すると舞姫は苦笑いを浮かべ、二階へ上がっていった。
部屋に入り、テーブルの上にある本を手に取り、開いた。
これはとある姉妹の話だ。妹と姉。
妹には記憶が無くて、姉は記憶がある。
だけど姉は自分の素性を明かさないままずっと友達として妹の近くに居る、という話だ。
このお話は何度読み返しても飽きない。
それどころか暇さえあれば読んでいるようなものだ。
少し本を読み進めた後、舞姫はふと風が浴びたくなって、ベランダへ出た。
幸い近くには誰も居ない。
長い髪がふわりと風に遊ばれ、心地良さに舞姫は目を閉じた。

「おーい!」
「ッ?!」

すると突然下から人の声がして舞姫の肩がビクリと跳ねた。
声のした方へ目を向けると黒髪の男の子と緑髪の男の子を見つけた。
こちらを見て手を振っている。

僕を、呼んだのか?

舞姫は相手を見つめながら身構えた。

「一緒に遊ぼうよー!」

緑の髪の男の子がニコッと満面の笑みを浮かべた。
舞姫は少し考えた後、素早く長い髪を一つに結い上げる。
そして下の庭へ出る窓から外へ出ようとした。

「舞、どうしたの?」

その時、台所から出てきた來羅が声を掛けてきた。
舞姫は少しだけ振り向いて答えた。

「誰か来てるんだ」
「遊びに行くの?」
「わかんない」
「そう、いってらっしゃい♪」

ちゃんと話を聞いているのだろうかと疑問に思ったが、とりあえず舞姫は近くにあったヒールのサンダルを履き、外へ出た。

「やっと出てきてくれたな」
「待ってたんだよー!」

外では黒髪の男の子と緑色の男の子が待っていた。
今自分はジーパンにキャミソールというかなりラフな格好。

「何の用・・・?」

一応恐る恐る聞いてみた。
すると男の子たちは当然だとでも言うように、一緒に遊ぼうと言った。
舞姫はそんな二人の言葉に少し悩んだ。

「一緒にその辺、探検しようぜ!」
「ね、遊ぼうよ!」

まぁ断る理由も無いし、いいかな・・・。
舞姫は少年達の言葉に頷く前に彼らに質問を投げかけた。

「君たちには・・・僕の目と髪、どう見えるの?」

自分でも声が震えているのがわかった。
村の人たちは皆僕の姿を見るなり逃げ出したり怖がったり、石を投げつけたり。
それが当たり前の反応だと舞姫は信じて疑わなかった。
答えを聞くのが怖かった。だけど、ここで聞かなきゃダメだ。
たとえ、その答えが最悪のモノだとしても。
舞姫は自分をじーっと見つめてくる男の子達に目を向けた。

「別に・・・普通にキレイだと思うけど?」
「何か、ふんわりしてる。・・・僕は可愛いと思うよ!」

だが、少年達はさも当たり前のようにそう言って退けた。
すると舞姫は心が何か温かいもので満たされていくのを感じた。
同じだ。
彼らもお兄ちゃんや母さんと同じ・・・温かい。
舞姫は溢れ出しそうになった涙を堪えると、精一杯微笑んだ。

「あり、がと・・・!」

それから男の子たちに少し待っているように伝えて先程出てきた所から家の中へ入った。
壁に掛けてあるパーカを羽織ると、リビングで紅茶を飲んでいた來羅に一言「行ってきます」と言う。
そして今度は玄関から外へ出た。
男の子たちがいるであろう庭の裏へと回り込む。

「じゃあ行こう!」
「うん!」
「あっ、兄ちゃんずるいー!」

黒髪の男の子に手を引かれ、舞姫は歩き出す。
すると反対側の腕に緑の髪の男の子が抱きついてきた。
突然の激しいスキンシップに多少驚いたものの、舞姫自身も楽しいと感じていた。



「俺、龍弥!」
「僕は拓人だよ!」
「舞姫・・・舞って呼んで?」

実の所、2年前は自分の名前を名乗るのに多少抵抗があった。
親からではなく、人から貰った名だからだ。
だが今は既に慣れ、寧ろ自分の名前に誇りを持てるようになった。
大好きな珠希から貰った名前。大切にしようと思った。

「じゃあ舞!最初は何処行きたい?」

龍弥がずいっと舞姫に顔を近付けて問いかける。
突然のことにビックリした舞姫だが、こんなことは珠希とのやりとりで慣れている。
珠希にやるよりも少し優しく肩を押し返して顔を離す。

「どこでもいいよ、龍弥が行きたいトコに連れてって?」

にこりと微笑む。
舞姫は今の時間が楽しくてしょうがなかった。
今のままで何処に行かなくても良いのだが、それでは意味が無い。

「じゃあじゃあ、あそこの公園行かない?」

拓人が舞姫の腕に抱きつきながら言った。
すると龍弥もまぁいいかと呟き、公園へと向かうことになった。
("こうえん"って・・・何だろう)
一方、公園に行った事がない舞姫は聞いた事の無い単語に首を傾げるが、とりあえず二人に着いていけばわかるだろうと考えて歩き出した。

数分後、到着した公園はがらんとしていて人っ子一人居なかった。

「やったぁ!貸切ー♪」
「("こうえん"というのはこういうモノなのか・・・)」

楽しげに辺りを見渡す舞姫。
拓人はそんな彼女の腕を引いてブランコへと走った。

「一緒にブランコ乗ろうよ!」
「・・・ぶらんこ?」

今日は聞いた事の無い単語ばかりが耳に入ってくる。
そのうち頭がパンクしてしまわないか舞姫は少しだけ心配になった。

「乗ったこと無いの・・・?」
「あぁ・・・どうやって乗るんだ?」

ブランコを見つめ、疑問符を浮かべる舞姫。
それを見た拓人は試しにブランコに乗って見せた。
助走をつけて、地面を蹴る。
拓人が乗ったブランコは大きく前後に揺れた。

「こうやって乗るんだよ!」

その時、龍弥が舞姫の手を引いた。

「一緒に乗ろうな♪」
「あぁあー!兄ちゃんずるいー!」
「へっへーん、早い者勝ちだもんねー!」

龍弥はブランコに座ると、自分の膝の上に舞姫を乗せた。

「こ、これでどうやって拓人みたいに漕ぐんだ?」
「あぁ・・・・俺が立つから」
一度ブランコから降り、先に舞姫を座らせる。
そして後ろから舞姫の足の横に足を滑らせてブランコに立つ。

「漕ぐぞー」
「う、うん・・・っ」

ぎゅっとブランコを支える鎖を握り締める。
次の瞬間ブランコは風を切って揺れ始めた。
高く結い上げた髪が風に煽られる。

「すごい・・・風が気持ちいい!」 「だろー?」

嬉しそうにはしゃぐ舞姫に龍弥も嬉しそうに笑った。

「じゃあ舞姉、次あれにしよう!」
ブランコから拓人がぴょこんと飛び降りる。
龍弥は地面に足を付けてブランコを止め、後ろから降りた。
舞姫も同じように飛び降りて、二人の後に続いた。
拓人が座ったのはシーソーだった。

「これ・・・・何?」
「舞姉はこっちー!」

今度は拓人に手を握られ、シーソーに座る拓人の後ろに跨った。
腰に手を回すように言われて後ろから拓人に抱き着く。

「あー、取られたー!しかも超密着してやがる!」
「兄ちゃんさっき持ってったもん!次は僕の番ー!」
「(何の話・・・?)」

舞姫が首を傾げる。
一方龍弥は悔しそうにしながら、拓人が座ってるシーソーの反対側に乗る。
だが、シーソーは動かなかった。

「うーん・・・動かないねー」
「重さが違うんだって」

そう言う二人を見て舞姫は立ち上がった。

「舞姉?」
「よ・・・っと」

どうしたのかと舞姫を見上げる拓人。
舞姫はというと猫のようにぴょんと高く飛び上がるとシーソーの丁度真ん中に着地した。
そして二人に「動かしてみて?」と言った。

「あ、危ないよ!」
「大丈夫大丈夫!」

二人が恐る恐るシーソーで遊び始めると、舞姫も上で楽しそうにはしゃぎはじめた。

「あはははっ、すごい楽しい!」
「落ちるなよ?!」
「落ちないってば!」

その時、舞姫はふと公園のベンチに座っている、帽子とサングラスを身に着けた大人(40代くらいだろうか)を見つけた。

「(何だ?アイツ・・・)」

何だかこちらの様子をじっと伺っているようなその人物。
舞姫はぞくりと背中に寒気が走るのがわかった。

「龍弥、拓人」
「どうしたの?」
「何かあったのか?」

舞姫は二人を引き寄せ、耳元で囁いた。

「危ない橋・・・渡っても良いかな」
「は?」
「・・・舞姉、何する気?」

ベンチに座る人物を軽く顎で示しながら龍弥と拓人の手を引いて歩き出す。
するとベンチの人物も同じように立ち上がった。
危ない芽は先に摘んで置こうか。
このまま逃げても良いのだが、他の人が被害に遭うのは・・・。

「こっち。着いてきて」

後ろの足音に耳を澄ませながら進む。
やはりあの人物も着いてきているようだ。
舞姫は相手に見えるように少し引き付けてから人気の無い路地裏に回りこんだ。

「なぁ、何処行くんだ?」
「静かに」

龍弥の口元に手を当てる。
拓人は何を察したのか少しだけ息を潜めていた。
男が路地裏に入ってきた。
龍弥と拓人が身構えるのがわかる。

「ちょっと待ってて」

二人に笑みを向けた舞姫は目の前の男を睨み付けた。
男は下を向いていてどこかふらふらとしている。
その数秒後、そっとポケットに手を入れるのが見えた。
取り出したのは・・・銀色に光るナイフ。

「な・・・っ」
「嘘でしょ・・・」

龍弥と拓人が驚いている。無理も無い。
第一舞姫も普通に生きていれば驚いただろう。
(だけど生憎、僕は普通に生きて来て無いんでね・・・)
村人に刃物を向けられるコトだって多かった。
今更怖気付くことなど演技だとしても出来ない。
まぁ、これ見よがしに斧を向けられたときは流石に吃驚したが。
しかもあからさまに刃物をチラつかせる所を見ると、こいつは多分素人だ。
使い慣れている奴は隠し持っていて、いざという時に出すものなのだ。

「下がってて」

後ろに立つ二人にそう告げると舞姫は走り出す。
振り下ろされたナイフを避け、相手の懐に飛び込み拳を叩き込む。
男が呻くのと同時にナイフを持つ手を蹴り上げ、ナイフを手から弾いた。
するとナイフは舞姫の足元に落ちてきた。
仕上げに男に足を掛け、転ばせた。
そして足元にあるナイフを踏みつける。

「素人がこんなの使うなんて・・・10年早いよ、オッサン」

そう吐き捨てると近くを通りかかった人に警察へ通報してもらう。
数分後、すぐに警察が駆けつけて来て、男は見事お縄に着いた。

「お嬢ちゃん、大丈夫だったかい?」
「はい、大丈夫です」

警察官には男が突然倒れたと事情を話した。 その後怪我は無いかと聞かれたが、適当にあしらい、龍弥と拓人の元へと向かった。
二人は呆然と現場を見つめていた。
・・・当たり前といえば当たり前か。

「二人とも大丈夫?ケガとかしてない?」

舞姫が声を掛けると、二人はハッとして我に帰った。
そして無傷の舞姫を見つめる。
長い沈黙。
舞姫は何を思うでもなく、ある言葉が口をついて零れ出た。

「僕のコト・・・怖いと思った?」

その言葉に龍弥と拓人は目を見開いた。
自分達の目の前に居る彼女は、見た感じ毅然としているがその瞳は恐怖と困惑で揺れている。
今にも涙が溢れ出てしまいそうだ。
咄嗟に二人は取り合うわけでもなく、二人で舞姫を抱き締めた。

「っ?!」

舞姫の目が驚きで見開かれる。
背中に回された二人の手が、とても温かい。

 怖くなんてない
 体張って守ってくれたお前を
 どうやって怖がれば良い?

耳元で囁かれた言葉。
舞姫の大きくて丸い目に涙が溜まる。

「「ありがとう」」

龍弥と拓人の声が重なった。
瞳から、涙が溢れ出た。


少女には 新しい友達が出来ました。


inserted by FC2 system