から、から、からん。



踊って、舞って。

心行くまで、笑って。


弧を描く口角すらもナニかに操られて。



四肢を浮かす糸が、絡まってしまう前に――――。






第弐壱章「操人」




――――――――――――



舞姫は、緑の葉を散らす樹の根元に腰を下ろして、空を見上げていた。

少し前に初めて見た紅色の月。
数日しか経っていないというのに見慣れてしまったそれは、相変わらず煌々と紅色の光を放っていた。

いつも傍にいるはずの仲間達はいない。
先程、辺りを見てくると言って各自偵察へと出掛けたきりだ。
神経を研ぎ澄ませ、辺りに人の気配が無いかを探る。
仲間達が帰ってくる様子はまだ見られない。

頬に月明かりを受けながら、舞姫はもう一度暗い空を見上げた。
紅い月は相変わらず、ありありと存在感を醸し出してそこに居座っている。

まるで、最初から、そこにいたかのように。



「・・・・っ」



一瞬だけ息が止まる。

何の前触れも無く、急に。



「―――・・・・嫌な予感がする」



無意識に止めていた呼吸を再開させて、誰もいない星空に、ぽつりと呟いた。





同時刻。

舞姫がいる巨大な樹から、何百メートルと離れた森の中。
月明かりすら差し込まないほど暗く、まるで闇の中と称するのが適当なその場所に、一つの人影が姿を現した。

顔は目深に被ったフードのせいで見えない。
頬の横から覗く群青色の髪がふわりと吹いた風に晒される。

そんな人物と対峙しているのは、偵察に出た龍弥だった。



「テメェ・・・何者だ?」



龍弥の訝しげな問いには答えず、群青色の青年は、そっと口元を歪ませた。









数分後。

大樹の根元には3つの人影があった。
仲間達の帰りを待っていた舞姫、偵察から帰ってきた紅銀、拓人だ。

しかしそのメンバーの中には、龍弥の姿はなかった。



「兄ちゃんったら、どこほっつき歩いてるんだか・・・」



拓人が溜息混じりにそう呟く。
紅銀は口を開かないが、思っていることは拓人と同じらしく、悩ましげに眉間に皺を寄せ、腕を組んでいた。

一方、舞姫は胸の内にざわざわとした胸騒ぎを覚えていて。
不安げな表情を隠せずにいた。



「龍弥・・・」



ぽつりと名を呼ぶも、名前の主の元気な声は、返って来ない。
相変わらず胸騒ぎも収まるどころか、寧ろざわざわと激しくなっている。

その時。



―――お嬢、



脳裏に白露の声が響いた。

舞姫は表情を変えずその声に耳を傾ける。



―――嫌な予感、いや、気配がする・・・。



彼女が感じていた胸騒ぎは、白露も同じように感じていたらしい。
彼の声色はいつもの弾んだものとは違い、感じたことのない暗い気配に身震いしているようだった。



「探しに行こう」



拓人と紅銀を見据え、舞姫は口を開く。



「嫌な予感が、するんだ」





―――――――――――――




龍弥を探しに出ると決め、森の中を徘徊していた舞姫達は、ある場所でぴたりと足を止めた。
そこは数十分前に、龍弥がある人物と対峙していた、深い森の奥だった。

地面に深く刻まれた鋭い跡は龍弥が持っている鞭のそれで、何者かと争ったのであろう形跡があちこちに残されている。

しかしその場所に、龍弥か何者かの人影が見えないところを見ると、どちらかが撤退したか、もしくは―――。



「どっちかが倒れて、何処かに捨てられたか、だね」

「っ・・・龍弥・・・!」



拓人の言葉に、舞姫は顔を真っ青にする。

わかってはいた。
同じことを考えていた。

だが、言葉にするのは怖かった。



「っくそ・・・どこにいるんだよ・・・!」



ぐるりと辺りを見渡す。
だが、視界に写るのは深い闇と、風に揺れる木々だけだった。

そんな中、拓人はにこりと笑みを浮かべる。



「心配しなくても大丈夫」



笑みを絶やさないまま次いで、



「兄ちゃんが簡単にくたばってくれないのは、弟である僕が一番知ってるからさ」



その時、ガサッという小さな音と共に小さな足音があたりに響いた。
それと同時に舞姫達はサッと身構える。

深い草むらから姿を現したのは、



「あー・・・・ったく、いってぇな・・・」



体中に葉をくっつけた龍弥だった。

彼は体についた葉を右手で払い除けて、舞姫達に視線を移した。
そして曇りの無い、いつもの無邪気な笑みを浮かべる。

だが、舞姫は彼の行動に疑問を覚えた。



「いやぁ、ドジって崖から落ちてさ・・・登ってくるの苦労したぜ」



ははっと笑みを零す龍弥を、舞姫達は黙って見据える。
すると龍弥は困惑したような表情を浮かべた。



「どうしたんだよ、お前等・・・俺の顔に何かついてるか?」

「・・・龍弥、」



龍弥の問いには答えず、舞姫は呼びかける。



「怪我とか、してないか?」

「ん?いや・・・全身打ったけど、他はどこも・・・」

「・・・・そうか」



舞姫の表情は、冷たく、無表情だった。
まるで、何かを悟ってしまった様な・・・そんな表情。



「怪しい奴の気配とかは、なかったか?」

「あぁ、何もいなかったぜ」



先程と同じように冷たく、そうか、と呟いて、舞姫はすらりと刀を抜いた。
その様子に龍弥は表情を硬くする。



「お前以外は、だろう?」



舞姫は刀の切っ先を龍弥、いや、何者かに向けながら、




「龍弥を、俺の仲間を―――」



月明かりに照らされて、刃がきらりと光る。



「―――返せ」



初めてその空間に差し込んだ月明かりは、驚くほど眩しかった。

光に照らされた龍弥の頬にある傷。
しかし、明かされた傷はそれだけに限らなかった。



「っ・・・?!」



舞姫は思わず息を呑んだ。
刀の柄を握る手が一瞬だけ震える。

龍弥の服は派手に破けていて、胸元にある痛々しい傷口からは、ドクドクと血が流れ続けていた。
彼から表情は消え、その瞳には光が宿っていない。
まるで操り人形のようになってしまった龍弥の隣に、フードの人物が姿を現した。

すると舞姫は刀の柄を握りなおし、姿を現した人物に切っ先を向ける。
その人物は小さく肩を竦ませるという仕草を見せた。



「バレてしまったか」



自らのフードに手を掛け、そっと外す。

風に舞った群青色の髪に鋭い光を湛えた深い蒼の瞳が姿を現すと、その人物――青年は舞姫を見つめつつ、微笑んだ。



「もう少し粘れると思ったんだけど・・・・流石、我らに仇名すだけのことはある」

「龍弥は、どこだ」



舞姫の問いに、青年はやれやれ、と首を振る。



「君らの言う"龍弥クン"なら、目の前にいるじゃないか」



青年は自分の隣で人形のように動かず、佇む龍弥を指差した。
龍弥の長い髪が、さらりと肩から落ちる。

傷口に触れてしまった髪の先が、紅く染まっていった。



「折角だから、お姫様を迎えに行く騎士(ナイト)になって貰おうと思ってね」



項垂れた龍弥の顔が、上に上げられた。
相変わらず、彼の顔に表情が浮かぶことはない。

青年は舞姫をじっと見据えながら、



「君も、大好きな彼に攫われるなら―――本望だろう?」



整った顔を、歪ませた。







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