舞え、

紅色を纏わせて。



舞い散れ、

桃色の花弁を纏わせて。



手のひらにのった花びらを

風に遊ばせたのなら、



さぁ、そろそろ、踊ろうか。





第弐拾章「乱舞」



―――――――――――




「はぁっ!」



舞姫はカイトが動くより早く地を蹴り、一気に攻撃を仕掛けた。
刀を振りかぶり、大きく横に薙ぐ。

しかし相手も決して素人なんかではない。

素早い動きで後退すると、今度はこちらから、と言わんばかりに高く跳躍する。
それから、どうしたらいいの、と言いたげなソラに「僕の獲物だから、手出さないでよね」と釘を刺した。

武器であるワイヤーを一気に引き抜くと、攻撃が外れて悔しげに舌打ちをする舞姫に狙いを定める。
そして彼女を捕らえようとワイヤーを伸ばすも、ぴょんと身軽に飛び跳ねる舞姫はやはり捕らえられない。

その様子にカイトは楽しげに声を漏らす。



「ははっ・・・スゴいよ、君!僕と同等に渡り合えるかそれ以上の人は、君のお兄さんぐらいだったのに!」



カイトのその言葉を聴いて、舞姫は思わず口角を上げた。
勿論、彼女のその表情の意図は言葉を発した本人には読み取れない。

次々と伸びてくるワイヤーを踊るようにかわしつつ、舞姫はふと思った。

兄は――珠希は、強くなれたのだ、と。


(じゃあもう、安心だな)


後は、奈落の底から引き摺り出すだけだ。
そう思った。

奈落の底に落としてしまったのは、自分自身。
だとしたら、ちゃんと元の彼に戻してやらないと。
あんな、虚ろな兄の姿は、見たくない。


もう彼女の動きに迷いや戸惑いといったものは見られない。
ただ変わったものといえば、瞳に宿った覚悟の色くらいだろうか。


舞姫は表情を冷静なものに戻し、首筋にあるタトゥーに触れた。

すると辺りに強い風が吹き乱れると同時に、どこからとも無く桃色の花弁が姿を現した。
相変わらず吹いている風に花弁が弄ばれてゆらゆらと舞う景色は、まるで夢幻の世界の如く。
しかし、その夢幻も長くは続かない。



「食らえ・・・"乱舞"」



舞姫が右手を前に突き出し、そう唱えると不規則に舞っていた花弁は一瞬だけ動きを止め―――次に、一瞬で鋭く硬化した。



「っ?!」



驚いて、サッと身構えるカイトを尻目に、舞姫は刀を地面に勢い良く突き刺した。
それと同時に、花弁は一気にその数を増やし、鋭く硬化したままカイト目掛けて降下し始める。

何万もの花弁が風に揺れ動く様子は何とも美しく、目を、心を奪われる光景だ。
しかし、そんなものに見とれていては、あっというまに服も肉体も引き裂かれてしまう。

やがて風が止み、花弁は急に電池が切れたかのように、辺りに落ちた。



「はぁっ・・・はぁ、」



カイトは致命傷すら負っていないものの、かなり体力は削られたようだ。
肩で息をしており、表情に余裕は見受けられない。

一方の舞姫は、頬に掛かった長い髪を手でさらりと退かし、一瞬吹いた風に遊ばせる。
そんな彼女はまるで、どうだ、とでも言いたげな表情。

後ろで見ていた、いや、見ていることしかできなかった龍弥達は、改めて舞姫の強さを認識する。



「舞、――」



深く考えるのをやめ、舞姫に駆け寄ろうとした龍弥だが、舞姫はそれとは逆――カイトへと近づいた。
それを見て龍弥は動きを止める。

勝敗は着いたも同然だった。
だが、緊迫した雰囲気は変わっていない。

やっとのことで、それに気付いた。



「質問に、答えてもらおうか」



舞姫は落ち着いた、だがどこか鋭さを忍ばせた声でカイトに向け、声を発する。
質問?と首を傾げるカイトに間を置くことなく、



「お前達の目的、組織の規模、本拠地、メンバー・・・・・全て洗いざらい吐け」



手に持った、まだ血に染まっていない刃をカイトの首筋に向けながら、言う。

しかしカイトは小さくふっと笑ってから、



「それは、出来ないね」

「何・・・?」

「知らないからさ。全部、何もかも。だから話したくても、話せない」



予想外の反応。
一瞬、嘘か?と考えるが、表情からは嘘か真かどうかは読み取れない。



「お前は、何も知らない組織で動いているのか?」

「まぁ・・・そうなるね」



カイトは相変わらずの笑顔だが、そこで一瞬だけ眉が悲しげに下げられたのを、舞姫は見逃さなかった。

それから彼は、舞姫に聞こえるか聞こえないかの小声で、だけど、と続ける。



「抵抗がないわけでもないんだ。でも、ま、昔から似たような状況だったから、今更苦にもならないけど」

「それは嘘だな」

「へぇ・・・何でそう思うの?」



今度はカイトが首を傾げる。
彼の表情は面白がる、というより、何故?と訝るような、そんな表情だった。

本当は一瞬の合間に見た表情の変化からそう思ったのだが、それは伝えることはせず、舞姫は「勘だ」と答える。
そして刀をしまいながら、カイトをまっすぐ見つめた。



「もしも、今、自分がやってることに抵抗があるなら・・・――」



そこで一度間をおき、首を傾げる彼に向けて、舞姫はそっと手を伸ばす。

そして、



「俺と一緒に、来ないか?」



そう言った舞姫の表情は相変わらず鋭いものだったが、不思議と優しさも感じられた。
カイトは、そんなことできるはずがない、と思いながらも思わず手を伸ばしてしまいそうになる。

その場から動けないまま、カイトは視線を地面に向けた。
勿論、舞姫もその場から動かない。




「何してる」




すると、辺りに低い声が響き渡った。

カイトはふと辺りを見渡す。
先程までつまらなさそうに観戦していたソラはいつのまにか姿を消していた。



「お前は、敵に口説き落とされるようなタマだったのか?」



それに代わったように姿を現したのは、珠希。
一体どこに行っていたのか、とカイトは彼を睨み付ける。
しかし珠希は素っ気無い態度で地面に座り込むカイトを一瞥すると、次に舞姫を見た。

珠希も、舞姫も、言葉を発さない。
沈黙だけが辺りを包み込む。

しばらくその状態が続くが、やがて珠希の方から視線を逸らし、改めてカイトを見た。



「今日はもういい、下がれ」

「!・・・上から、か?」

「今の貴様に何が出来るでもないだろう」



冷たく言い放つ珠希。

確かに、彼が言っているのは事実だ。
カイトは悔しそうな、だがどこか口惜しそうな表情を浮かべてゆっくりと立ち上がった。

ふらつきながらも舞姫の脇を通り過ぎて珠希の元へと向かう。



「また、会いたいね、君に」

「・・・その時までに、結論を出しておけ」



舞姫は不敵な笑みを浮かべながら、言った。

顔を合わせることはなかったが、カイトも微笑んだのがわかる。



それから彼は、珠希と共にその場から姿を消した。




――――――――――――




「っはぁ・・・」



舞姫は、珠希とカイトが姿を消したと同時に、地面にぺたんと座り込んだ。

龍弥達はそれに驚いて、思わず駆け寄る。



「舞?どうした?!」

「いや、ちょっと、な」



はは、と力無く笑う舞姫に、不安げな表情を浮かべる龍弥。
そんな彼に、心配するな、と告げてよろよろと立ち上がった。

しかしやはりその足取りは覚束ない。



「舞姉、ホントに・・・大丈夫?街まで戻ろうか?」



拓人がそう尋ねるも、舞姫はそこまで重症じゃない、と首を振る。
紅銀までもが不安を滲ませる声で心配してくるものだから、思わず舞姫はくすりと笑みを零した。



「心配しすぎだよ。大丈夫だって、安心しろ」




そう言われても、と言いたげな彼らから視線を逸らして、舞姫は空を見上げた。
先程まで陰っていた雲はいつのまにか無くなり、月が顔を出している。
相変わらず月は紅色だったが、彼女は、綺麗な空だな、と思った。



「まだ・・・」

「?」

「まだ、頑張れる」



月夜に大切な人の姿を思い浮かべながら、舞姫はグッと手を握り締めた。







next next

inserted by FC2 system