俺の名前は本宮真希。
どこにでもいる極々普通の高校二年生だ。・・・・と自分では思っている。


何事も無く、日常を送っていた俺。
今日も普通に学校へ行こうと思って、俺は人数が少ない表通りを歩いていた。

そんな時、突然俺の耳に可愛らしい猫の鳴き声が聞こえた。
小動物・・・というか動物が大好きな俺は登校中であるのにも関わらず、泣き声の出所を探った。
数分探り続けていると大通りの所にちょこんと座っている黒猫を見つけた。

首輪はしていない。
連れて帰ってしまおうか?

ふと危ない考えが脳裏を掠めたその時。
目の前にいた黒猫は急に走り出した。
逃げられたか、と思わず悪態を吐いた俺の目に映ったのは、車が忙しなく行き交う車道へ飛び出していく黒猫の姿・・・。



「・・・っぶねぇ!」



気付けば足が動いていた。
一方猫は自分よりも何倍も大きな鉄の塊が迫ってくる様子が余程怖いのか、その場から動けずにいた。
ぶるぶると震えている黒猫を走りながら拾い上げて、そのままの勢いで道路を渡りきった。

運転手に「バカ野郎!危ねぇ!」と怒鳴られたが、どうでもいい。
怒声を上げながら走り去っていく運転手を軽く睨んで、俺は腕の中でもぞもぞと動く猫に目を向けた。
良かった、どうやら無事なようだ。目立った外傷も無い。
しかし猫はすっかり怯えてしまい、俺の腕から離れようとしなかった。


「しゃーねぇな・・・」



学校をサボることになるが、このまま猫を放って置くわけにも行かない。
俺は猫を連れて一度帰ることにした。









家に安全に帰る(見つかると色々と厄介だから)ため、わざわざ遠回りをした。
割と家から学校までは近場なので普通に家へ帰れば20分弱で着くはずなのだが、かなり遠回りしたからなのか45分も掛かってしまった。
俺の腕の中にいた猫は終始震えまくりだった。

やっとの思いで家に到着し、とりあえず猫をソファに下ろす。
ふかふかで柔らかいソファが気に入ったのか、猫はちょこんと座り込み、尾を揺らした。



「・・・とりあえず飯でも食わせるか」



俺はソファから立ち上がり、キッチンにある冷蔵庫へと向かった。
すると猫も同じように立ち上がり、ちょこちょこと後ろに付いて来た。
あまりの可愛らしさに思わず吐血しそうになったが、何とか堪える。

さて・・・コイツに食わせられるのは昨日食べ残した焼き魚くらいか。
足へ擦り寄ってくる猫へ目を向ける。
コイツのサイズからいってそのまま出すのは少し大きすぎるな・・・
そう考えた俺は戸棚から小皿を取り出し、それに食べやすいように細かくした焼き魚を乗せた。

早く寄越せと言わんばかりの眼差しを向けてくる猫の前に魚が乗った小皿を差し出すと、何も食っていないのかと思わせるようながっつきっぷりを見せた。



「美味いか?」



そっと頭を撫でながら問いかけると、猫は顔を上げて目を細めた。
そして・・・・笑った。



『はい!美味しいです!』

「・・・ッ?!」



更に驚くことに、ソイツは喋ったのだ。
聞き間違いなんかじゃない。 ハッキリと。 口を動かして、喋った。

驚きすぎて言葉が出てこない俺を見上げて、猫は首を傾げた。



『どうしたんですか?』

「いや・・・どうしたもこうしたも・・・」



俺がやっとの思いでそう言葉を放つと、今度は猫が目を丸くする。



『アナタ・・・僕の言葉、わかるんですか?!』

「わ、わかっちゃうみたいです・・・」



そんな訳わからん、みたいな顔しないでくれ。
俺だってわかんねーよ、誰か説明しろコノヤロー。



『僕、初めて人間とお話しました!』



目を輝かせてそういう猫。
いや、俺も初めて動物と会話したよ。別に日常茶飯事じゃないから。
寧ろ驚きすぎて声出ないから。







―――――――・・・・



まぁそんな事があり、俺は今現在その黒猫と暮らしている。・・・といっても、昨日からだが。



「テメーコラ、何で昨日サボりやがった?!」



ちなみに今俺は友人である雅也に詰め寄られている。

理由は至って単純だ。
昨日サボったから。
確かに無断でサボったんだからある程度の怒声が飛んでくるのは覚悟していたが、何故彼がそこまで怒っているのか理解できない。



「テメーが来なかったせいで人数足りなくてサッカー出来なかったし!」



俺は溜息を吐いた。
何だ、そんなことか・・・。



「まーまー、いいじゃん。真希だって何か事情があったんだよな?」



肩に重みを感じて振り向くと、長身の男が俺の方に腕を回していた。
コイツは和樹。雅也と同じく俺の友人だ。



「コイツに事情なんざあるわけねーだろ。どーせただの自己中・・・」

「お前それは俺に失礼じゃね?」

「いでででででで!」



カチンと来たので、思いっきり雅也の腕を抓る。
その後殴り合いになりそうな所を入って来た先生に止められた。





授業中、俺はボーッと黒板を眺めながらひたすら猫の名前を考えていた。
いつまで"お前"とか”コイツ”って呼ぶんじゃあまりに可哀想だ。

カツカツと黒板とチョークがぶつかる音に耳を澄ませつつ、白で刻まれている文字を眺めていると、俺は突然黒板の"ある単語"に釘付けになった。

"セドナ"・・・海に住むと言われている神らしい。
見た瞬間からこの名前が気に入ってしまった俺はノートにさらさらと言葉を書き込んだ。
家で留守番してる彼にちょっとしたお土産。
だが果たしてオスの彼が気に入ってくれるかどうかが問題だ。



―――――――・・・・



下校時刻。



「真希!一緒に帰ろーぜ」

「あー・・・悪ィ。今日は用事があるんだ」



雅也と和樹に声を掛けられ、俺はやんわりと断る。

理由は校門の辺りに猫を待たせてあるから。
一緒に帰っても良いのだが、何だか面倒事になりそうな気がするので、やめておく。



「ンだよぉ、さっきのこと怒ってんのか?それとも彼女でも出来たか?」

「違ぇよ。変な解釈すんな万年発情期野郎」

「てめっ・・・!」

「まーまー」



俺の言葉に腹を立てた雅也が拳を振り上げるが、それを和樹が止める。

言っておくが、俺と雅也は決して仲が悪いわけではない。
喧嘩が多いだけ。

喧嘩しつつも常に近くにいるのが雅也だ。
勿論ストッパーである和樹も近くにいることが殆どだ。
っつーか彼が居てくれないと、俺と雅也は殴り合いの喧嘩に発展する。
互いにギリギリで踏み止まるのはストッパーである彼がいてくれるからだろう。



「明日は一緒に帰ってやるからよ」

「お前それ俺が寂しがってるみたいじゃん」

「え、違うの?」

「ちっがーう!」



うがぁ!と再び騒ぎ始める雅也を和樹に任せ、俺は教室を出た。
そして急ぎ足で校門まで向かう。

ここの学校の生徒は基本的に部活をやっている奴が多い。
まぁ俺は帰宅部だが・・・。
というか部活に入ったところで親がいない俺は部費を払うことが出来ないのだ。


まぁそんなこんなでHRが終わってすぐに学校を出る輩は少ない。
そのため、今玄関にいるのは俺ともう一人二人くらいだ。
勿論他の帰宅部の奴等との認識は無い。

ちなみに雅也と和樹はバスケ部だ。

そんな部活持ちの彼等がどうして俺に一緒に帰ろうと声を掛けてきたのかというと・・・。
部活に参加していないが、別に俺は体育が苦手なわけではない。
寧ろ得意だ。
だから雅也と和樹がいるバスケ部に助っ人として呼ばれることが多々あるのだ。

バスケ部はここいらの地区でも強い方で去年は全国大会にまで行った。
残念ながら結果は銀賞だったがそれでも十分な成績だ。
その他にも人気の理由があり、バスケ部には整った顔ぶれが揃っているのもその一つだ。

雅也と和樹は勿論、1年生・3年生も俗に言う"イケメン"って奴が大勢いる。
というか不細工がいない。
何というか・・・・全体的に滅べばいいと最初は思っていた。


その時突然肩に少しだけ重みを感じた。

気がつかないうちに校門を通り過ぎていたようだ。



『マスター?どうしました?』

「ん、なんでもない」



勿論校門のところで待っていた黒猫は既に俺の肩の上だ。



「そーだ。お前の名前な、」

『いいの思いついたんですか?』

「あぁ。気に入ってくれるかわかんねぇケド」



どこか嬉しそうに微笑む黒猫の喉元を撫でながら俺は今日思い付いた名前を彼に告げた。



『"セドナ"・・・・ですか』

「あぁ。キレーでいいと思うんだけど」



黒猫は何事か考えているようだ。
彼の表情は見えないが・・・気に入らなかったのだろうか?



「嫌か?」

『いえ!嬉しいんですけど・・・凄く綺麗な名前だから、僕なんかが使って良いのかなと思って・・・。神様の名前なんでしょう?"セドナ"って』

「大丈夫だって。お前十分綺麗だから」

『え・・・っ』



ふと呟いた言葉に黒猫・・・もといセドナは突然声を詰まらせた。



「どーした?」

『あ、いえ・・・何でも』



表情が伺えない。
一体どうしたんだろうか。



「変な奴だなぁ」



ははは、と笑いながら言うとセドナは頬を摺り寄せてきた。
・・・・可愛い奴。


家へ替える道の途中にある店のショーウィンドウの前を通った時、突然眩暈に襲われた。



『マスター?大丈夫ですか・・・?』



セドナが俺に問いかけるが、それにすら応えられない。

頭痛はどんどん酷くなる。
足元が覚束なくなり、思わずショーウィンドウに触れると、ガラスにずぶりと手がめり込んだ。

めり込んだ、というか吸い込まれていく感じだ。



「ッ?!」

『こ・・・れは?!』



俺の身体は、セドナ諸共ガラスへ吸い込まれていった。





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