何だ?
何がどうなった?



『・・ター・・・・スタ・・・・』



声が聞こえる。

小さな、聞きなれた声が。



『マスター!!』

「うひゃおぇッ?!」



がぶりと耳に噛み付かれて、俺は飛び起きた。
勿論、犯人はセドナだ。

ちなみに俺は耳に何かされると寒気が走る。
いわゆる弱点なわけで・・・。



「も・・・もっと違う起こし方なかったのか・・・ッ」



俺は噛まれた耳を押さえて悶える。
甘噛みだったため、余計に気持ち悪い。



『だって手じゃ起きなさそうでしたから・・・』

「お前それ知っててやったな・・・?」

『まふたぁ、いはいれふ〜』



にへらと笑うセドナの頬を引っ張る。
おぉ・・・伸びる伸びる。
あまりに暴れるのですぐに離してやったが。

イタイイタイと呟いて頬をふにふにと触るセドナを放っておき、俺は辺りを見渡した。


周りの光景は目を見張るものだった。
見たことも無い高層ビルが立ち並んでいて、驚くことに車が宙を浮いて走っている。

信号機は丸い色の違うライトが並んでいる訳ではなく、一つのモニターのようなものが宙にふわふわと浮いていて"STOP""GO"と文字と背景の色が切り替わる。



「・・・どうなってやがんだ・・・」



少なくとも俺の住んでいた場所にはこんな所無かった。



『多分ここは・・・僕たちがいた世界とは違う、未来です』

「はぁ?」



いつのまにかセドナが俺の肩の上に乗っていて、突拍子も無いことを言い始めた。

違う世界?未来?
じゃあ俺はトリップってやつをしたのか?
そんなバカなことがあるのか。



『信じられないのは僕も同じです・・・話に聞いていただけで、実際に体験したのは初めてですから』

「体験?何をだよ」

『言ったでしょう。ここは僕たちがいた世界とは違う、と』



その時、突然俺の周りを車が走り始めた。
白をベースにしたその車の上には赤く光るサイレンのようなものがある。



「ってちょっと待て。これってまさか・・・」

『そのまさかですね。これパトカーです。マスター、逃げますよ!』

「どーやってぇ?!」



とりあえずセドナを抱き締め、走り出す。

まだ中にいる人が車から出てくる様子は無かったので車の間をすり抜けて逃げた。

すると車はサイレンを鳴らしながら追いかけてきた。



「うっえぇええぇえぇええ!?」



こちとらダッシュなんだぞ?
徒歩だぞ?!

何で車で追ってくるんだよ、ずるいじゃん!



『マスター・・・一か八かやってみたいことがあるんです』

「ちょっと待っ・・・・ぎゃあぁああ!何かスピード上がったぁああ!!」



セドナが俺の肩にしがみ付きながら、言ってきた。

だが余裕が無い俺はとりあえず逃げることに専念することにした。
にしても車に追いつかれないで走っている俺も色々と凄いのでは無いだろうか。
だがそろそろ足が限界だ。



『マスター!止まって下さい!』

「えぇ?!」

『いいから・・・!』



あまりにも言うので俺は急ブレーキを掛けた。

その途端、俺の肩に乗っていたセドナがピョンと高く飛び上がった。
すると次の瞬間セドナの体を眩い光が包んだ。



「っな・・・!」



俺は思わず眩しさに目を瞑る。

数秒後光が収まり、恐る恐る目を開いた俺の視界に入ったのは、長い尾をしならせて低く唸り声をあげる大きな生き物。
猫とも犬とも狼とも取れないその生き物は、黒くてふさふさとした身体を持っていた。

"それ"は高く跳躍して、俺の近くに来たかと思うとスッと背を低くした。



『マスター、乗って下さい!』

「せ、どな・・・?」

『早く!』



大きな生き物の"声"はセドナだった。

俺は急かされてわたわたとその大きな生き物の背中に乗った。



『落ちたらダメですよ?』



俺が乗ったと同時に物凄い速さで走り出す大きな生き物。



「お前・・・セドナ?」

『そうですよ。僕の顔、もう忘れたんですか?』

「何でそんな風になっちゃったの?」




展開が急すぎてついていけない。
これは何だ、イリュージョン?

というかそもそも何で俺が警察に追われなければいけないのだろうか?



「まだ何もしてないのに・・・」

『多分、異世界から来た人間だから警戒したんじゃないでしょうか』

「っつーか丸腰のガキにパトカー5台も出すなよなぁ」



チャリでいいよチャリで・・・。

悪態を吐く俺に少しだけ笑いながらセドナは走り続ける。



「ところでどーやったら帰れんの?」

『多分特定のガラスに触れれば帰れると思いますけど・・・』

「特定のガラスって何?!」



もうイヤだ・・・。

そう思い始めた矢先、突然高層ビルが一つズズズズと鈍い音を立てて傾き始めた。
やがてビルはどんどん傾斜を急にし、遂には倒れてしまった。


そんなことよりも驚いたのが、倒れたビルの上にいる不思議な生き物だ。
蜘蛛のような姿なのに何故か背中に羽が生えている。

上手く説明できないがとりあえず、



「キモッ!」



思わず背筋に悪寒が走る。



『美味しくなさそうです』

「お前虫食ったことあんの?」

『ありませんけど』




俺は非日常に遭遇していることに悲しくなった。


とにかく早く帰りたい。
誰か助けて・・・。





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