「っ、これは・・・?!」



舞姫は目の前に広がる光景に絶句した。


地面に倒れこむ人たち。
皆、血を流し、苦しそうに呻いている。

中には腕が無かったり酷いものには首が無かったりした。



「酷ぇな、こりゃ」

「これだけの数・・・誰がやったんだろう」



そして辺りに充満する怪しい匂い。
少し嗅いだだけで目眩がする。



「薬品・・・ドラッグか何かか」



舞姫は床に散らばっている白い粉を見つけた。

この国では薬物の使用は禁止されている。
だが中には国内で生産している人たちも居ると聞いたことがあった。

なるほど。
犯罪を犯していたため、こんな山奥でひっそりと活動していたのか。



「うへぇ・・・こんなトコにいたら頭おかしくなっちまいそうだ」

「ドラッグなんて、悪趣味な奴等だよ」



龍弥と拓人も口元に手を当て、苦しそうに言った。



「ともかくこの辺に居ては危ない。火の手も回ってきてしまうだろうし一先ず離れよう」



舞姫は二人を連れ、その場から立ち去った。





―――――――・・・・




屋敷から出て、少し離れた場所から様子を伺う。



「はぁ・・・外の空気がこれほど美味いと感じたコトはねぇぜ」



龍弥はすぅはぁと深呼吸をし、近くの木に寄りかかる。



「まともに息が出来なかったからね」

「たとえ息が出来たとしても薬物が散らばっていた。中にはシンナーなどもあったかも知れない。どちらにしろ危険な場所に変わりは無いな」



その時、屋敷の中から黒いフードを被った男が姿を現した。

一人だろうか。
男はくるりと屋敷に振り返り、ふと呟いた。



「ここはやり応えが無いな・・・」



すると、屋敷の方から同じくフードを被った人間が男に近付いた。



「幹部、報告です!社長を潰したとの連絡が入りました!」

「そうか。ならばお前達はもう帰って良い。後始末は俺がする」



舞姫はその時、何故か胸騒ぎを感じた。










幹部と呼ばれた男を残し、他の部下達はすぐさま帰っていった。

それから気付いていた、とでも言うように男の視線が舞姫たちへと注がれる。
隠れているはずの彼女達に向け、男は余裕綽々といった様子でニヤリと笑った。

その時、ざわりと風でフードが揺れ、男の顔が一瞬だけ露わになった。



「いい加減出てきてはどうだ?立ち聞きは感心しないな」

「!・・・嘘だ・・・ッ」



俺の、大切な・・・人。
先程胸騒ぎを覚えたのは、きっとこの声には聞き覚えがあると何となく感じていたからだ。

そしてそれは・・・たった今、確信へと変わった。



「あ、にき・・・?!」



ボロ雑巾のようになって、狂いかけていた俺を助けてくれた・・・大切な家族。

愛しかったはずの、兄。



「何で・・・なんで兄貴が・・・ッ!」



目の前にいる彼は、自分の兄貴。
昔一緒だった大切な・・・。

だが先程彼は部下らしき者を引き連れ、更にその者たちに"幹部"と呼ばれていたではないか。
まさか、まさか・・・ッ

最悪の事態が頭に浮かぶ。



「こんな所にいるんだよ・・・」



足に力が入らない。

舞姫は思わずその場にがくりと膝をついた。









――・・・・・
(青年sid)





俺は上からの命令で麻薬工場を潰しに来ていた。


仕事場に指示を出し終え、外を適当にぶらぶらしていると、社長を潰したと連絡が入る。
これで任務は終わりだ。あとはここを完全に燃やすだけ。

そう思い、部下を下がらせる。



「さて・・・」



とりあえず燃やすのは後で良いだろう。

まずはこちらを盗み見ている3人をどうしようか考えることにする。

俺は3人の気配が感じ取れる木を見つめる。
相手は俺の行動に少なからず動揺しているようだ。
俺はそのままニヤリと笑みを浮かべた。

すると次の瞬間、強い風が吹いて俺が被っていたフードが一瞬だけ取れてしまった。

顔を見られたがまぁいいだろう。
抵抗するようなら殺せば良い。



「いい加減出てきてはどうだ?立ち聞きとは感心しないな」

「!・・・嘘だ・・・ッ」



木の陰からは聞き覚えのある声が聞こえた。思わず目を見開く。

次に姿を現したのは・・・




「あ、にき・・・?!」

「(・・・舞?)」



最愛の妹、舞姫だった。

幼かった印象は消え去り、美しい少女へと変わっている。
だが橙色の髪を持つのは彼女しか居ない。



「何で・・・なんで兄貴が・・・ッ」



舞姫は悔しそうに拳を握っている。


そりゃそうだ。
こんな俺の姿を見たら、母さんだって絶望するだろう。



「こんな所にいるんだよ・・・」



何故なら俺は・・・最近噂されている裏組織の幹部なのだから。

舞姫は俺から視線を外さないまま、ドサリと地面に膝をついた。


嗚呼、だけど・・・俺だって、こんなの望んじゃいなかった。



「黙れ」

「?!」



低い声で言うと、舞姫はビクリと肩を揺らした。

途端、古い記憶がフラッシュバックする。







「なぁ、俺の家に来ないか?」

「何をふざけたことを・・・」




「同情なんざしてねぇ」

「それが同情だというんだ」




「僕に、近付くな!」

「貴様には関係ない」

「何だ、用があるのなら言え」

「お前の考えは、よくわからない」

「舞姫・・・僕の、名前」


「嬉しい!ありがとう、お兄ちゃん!」







森の中で弱ってた舞姫を、俺が無理やり連れ帰ったんだ。







「 お前を、守れるようになりたい 」






そう決意したはずなのに。






「じゃあ僕・・・いや、俺!兄貴よりも強くなる!絶対!」

「・・・んじゃあ俺はもっともっと強くなってやる」





そう約束したはずなのに。



俺は舞姫にゆっくりと近付く。

彼女の瞳は揺れていた。

昔・・・キスする約束なんかもしたっけな。



「俺は貴様の事など知らない」

「ッ!!」



俺は舞姫の顎を掴み、クイッと上へ向ける。







「今度会ったときは、口にしても良いか?」







その約束が・・・

こんな形で成されてしまうなんて。


俺は抵抗もせず怯えた瞳をこちらに向ける舞姫に、そっと口付けた。



目的は彼女を眠らせるため。



そう。

俺は・・・・何も、知らない。 知らないのだ。














―――・・・・・・



兄貴・・・ッ



「そこにいるのは誰だ」


「何処から来たんだ?親は?」


「なぁ、俺の家に来ないか?」


「同情なんざしてねぇ。ただ放っておけないだけだ」


「違ぇって。とりあえずついて来いよ。飯くらい食わせてやる」


「大丈夫か?」


「目の前で倒れた奴を放っておくバカがどこにいる?」


「今は寝ろ」


「ただ自分が正しいと思ったことをしてるだけだ」


「綺麗だなって思ったんだ」


「あと目も、鮮やかで・・・綺麗だよ」


「折角綺麗なんだからこっち向けよ」


「腹減ってないか?何か食いモン持ってくるよ」


「マジ?!やった、嬉しい」


「そういえばお前、名前は何ていうんだ?」


「じゃあ俺が名前付けてやる!」


「俺の名前は―。で、お前は・・・」


「お前は、"舞姫"だ!」


「お前の容姿にピッタリじゃないか」





「お前はこれから俺の家族だ」





「だから・・・一緒に暮らそう?」











兄貴・・・嫌だよ、怖いよ。


どうして、どうして遠くに行っちゃうの?




届かないよ・・・

こんなに手を伸ばしてるのに。





兄貴、兄貴・・・!





お・・・にい、ちゃん・・・






俺は"絶望"と言う名の深い闇に落ちていった。






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