失くした記憶は、還って来ない。




脳の、心の、体の


奥へ奥へと沈み込んで

上がってくることは無い。




たとえ


天から 女神が呼びかけようとも






少年の・・・青年の記憶は、


蘇る事は無い。







第肆章 記憶





―――・・・・・








先が見えない暗い道を青年は歩いていた。

数歩歩くと、彼の近くに部下らしき人物が降り立った。



「幹部、先程の小娘は・・・?」

「見ていたのか?」



青年は部下の言葉に罰が悪そうな表情を浮かべる。
しかし次に冷静な声で答えた。



「俺はあんな小娘と認識は無い」

「ですが、彼女は幹部の事を・・・"兄貴"と呼んでおられましたが・・・」

「知らん。他の人間とでも間違えているのだろう」



それでも引き下がらない部下を、青年は一睨みした。
すると部下は情けなく謝るとそそくさと下がっていった。


しかし青年は先程会った小娘・・・舞姫の事が忘れられなかった。
彼女に何があったかは知らないが・・・恐らく彼女は青年達の組織を追っている。
組織に入り、幹部という役職に着いているにも関わらずやはり区切りがつけられない。

彼女を守ると心に決めて旅立ったはずなのに・・・下手をしたら傷つけてしまうかもしれない。
青年は手をグッと握り締めた。




しかし、次の瞬間激しい眩暈に襲われた。



「な、に・・・ッ?!」

「申し訳御座いません、幹部。ですが・・・上からの命令ですので」



青年の目には、先程立ち去ったはずの部下が映った。

彼は申し訳無さそうな表情を浮かべた。



「殺しはしません。ただ、記憶を消させて頂きます」



"コイツはまだ戦力になる"

"記憶を消してしまえばいい"


それが上からの命令だった。



「俺を・・・信用しないと、言うのか・・・ッ」



青年は苦しそうに頭に手を宛がったまま、地面に膝をついた。

次に一層強い激痛が青年の頭を襲った。
脳が締め付けられるように痛い。
青年は苦しそうに呻き声を上げるとドサリと倒れこんだ。












――・・・・





舞姫は暗い闇の中にいた。
何も無いし誰もいない。

龍弥も、拓人も・・・誰も・・・




その時舞姫の近くに青年がどこからともなく現れた。



「兄貴?・・・・兄貴ッ!」



青年は笑みも浮かべないままこちらをじっと見つめる。

必死に手を伸ばすが届かない。



すると青年の方から手を伸ばしてきた。
精一杯手を伸ばす。

しかし互いに手を掴む直前で光がフラッシュバックする。



ハッと意識が戻った舞姫の目に映ったのは、自分の顔を心配そうに覗き込む龍弥と拓人だった。



「あ、・・・っ」



体に掛けられていたフードを避け、上半身だけ起こす。



「舞姉?大丈夫?」

「魘されてたぞ。無理すんなよ」



拓人は舞姫の手を握り、龍弥は頭を撫でた。
そんな二人に舞姫は擽ったそうに笑う。



「ありがとな・・・・二人とも」



それから舞姫は表情を曇らせた。
先程の夢と、青年の事が気になっているのだろう。



「でさ・・・舞、話したくなかったら・・・いいんだけど・・・」



龍弥が言いにくそうに頬を掻きながら言った。
そんな彼に舞姫は察したかのように下を向いて頷いた。



「兄貴の事だろ?別に隠す必要は無いし、話すよ」




――――・・・・



舞姫は青年と義理の兄妹だった。


もともと舞姫は小さな村で生まれ、髪の色が橙色、瞳の色が紫色だということだけで蔑まれて来た。
決意をして村を飛び出したはいいが行く場所などなく、森を彷徨っていたところを青年に拾われた。

最初は青年を辟易していた舞姫だが、いつまでも飽きず笑顔で語りかけてくる青年にいつのまにか心を許していた。

そして気がつくともう離れたくは無いと心から願う相手となっていた。


しかし青年は3年前、急に家を出ていってしまった。
理由は"大切な人を守れるようになるため"。
すぐに帰ってくるから、待ってろ、いいな?そう笑みを零して出て行った愛しい人。

彼とした約束だって一つも忘れていない。
それなのに・・・彼は忘れてしまったのだろうか。

舞姫の心には抑えきれない悲しみが溢れた。



「・・・義理の兄貴、か」

「最悪の条件だね」



龍弥と拓人は目を伏せた。

顔を見られてしまった以上、彼等との戦闘は覚悟しなければならない。
しかし幹部クラスの・・・しかも身内となれば攻撃は難しい。

舞姫の性格上、義理とはいえ自分の兄を斬る事は更に困難だろう。



「ごめん。なんか・・・俺、」

「足手纏いだな、ってか?」



龍弥の言葉に舞姫は目を見開き、次にこくりと頷いた。

すると龍弥は小さく溜息を吐いた。



「それ、お前の悪いトコな」

「へ・・・?」



龍弥は舞姫の目を見つめながら言った。



「舞姉の悪い所は、全部一人で背負い込む所と自分を責めすぎる所だよ」



拓人はニコリと笑った。
そして複雑な表情をする舞姫の隣に座り込む。



「欠点は直さなきゃね」

「辛ぇと思ったら言え。ちゃんと頼れ。俺達はすぐ傍にいるんだからよ」



二人の言葉に舞姫は笑みを浮かべた。



「あぁ、そうだな・・・・ありがとう」












―――・・・・・・





「まぁいつまでも下向いてちゃ始まらないよな」



龍弥がニッと微笑みながら立ち上がる。
それに続き、拓人も立ち上がった。

しかし舞姫の表情は何だか心配そうだ。



「二人とも、休まなくて良いのか?寝て無いだろ」

「俺達は大丈夫だ」

「舞姉が寝てる間に回復したし、ね」



そんな二人に彼女は更に表情を曇らせたが、一向に首を縦に振らない彼らを見て、仕方なく立ち上がった。



「本当に良いのか?」

「ったく、舞は心配性だなー」




トコトコと可愛らしい効果音がつきそうな歩き方で二人に着いて行く舞姫。
眉は下がっている。

思わず龍弥と拓人が頬を染めたその時・・・。


3人はただならぬ殺気を感じ取った。



「・・・ッ」



殺気は背後から向けられている。

龍弥は腰に装備している鞭に、舞姫は刀に手を掛け、拓人も呪文を出す用意をする。

数秒の静寂が続いた後、舞姫は一気に刀を引き抜いた。
それが合図だったかのように龍弥も鞭をしならせ、拓人は呪文を唱えだす。

そして茂みからは十数人の武器を装備した人間が飛び出した。
どうやら本気で殺しに来たようだ。



「者共、掛かれぇ!」



真ん中に居る男がそう叫ぶと、その男を残し全員が舞姫達に飛び掛った。
3人は背中を合わせて構える。



「燃え盛れ、紅蓮の炎・・・"レッドファイア"」



拓人が言ったと同時に、敵の足元に魔方陣のようなものが浮かび上がりそこから火柱が現れる。
発生した火柱により数人が吹き飛んだ。

敵が怯んだ隙に舞姫と龍弥は一気に相手へ突っ込み、なぎ倒していく。


正面に居る相手を切りつけ、背後から忍び寄って来た男へ回し蹴りを繰り出す。
龍弥は数人を纏めて鞭で捕らえ、吹っ飛ばした。

数十人もいた敵は、既に3分の1にまで減っていた。見てみると指で数えるほどしかいない。



「っく、一旦引くぞ!」



敵は不利と見たのか逃げ出そうとするが、それを舞姫達が見逃すはずは無かった。



「紅藍灯!」



舞姫が叫んだと同時に龍弥と拓人は目を瞑り、次の瞬間辺りをまばゆい光が包んだ。

すると男達は目を押さえて蹲る。



「これでしばらくは目が使えない」

「卑怯な・・・ッ」

「3人のガキに大勢の大人引き連れて来た奴が良く言うぜ」



悔しそうに呻く敵に龍弥がそう吐き捨て、武器を構えた。



「もう少し情報収集をしたかったんだが・・・まぁいい」



舞姫は刀をチャキ、と仕舞った。
その様子に何をするのかと、龍弥と拓人はぎょっとして見る。

男達を鋭く見据えて舞姫は呟いた。



「せめてもの情けだ。眠って逝け」



するとどこからともなく無数の蓮の花びらが浮かぶ。
それは桃色、というよりどちらかというと水色を帯びていた。



「桃色睡蓮」



彼女がそう呟くと蓮の花びらは辺りに粉のような物を撒き散らした。それを被った男達は次々と眠りについた。



「拓人、頼む」

「わかった」



拓人は舞姫の言葉に頷き、呪文を唱え始めた。



「Fade away」



すると眠っている男達を球状の光が包み、次の瞬間光は小さくなっていく。
そして男達は光と共に消えていった。

光が去った後に人魂のように小さな光が空へと飛んでいった。
否、あれが彼らの魂なのだが。



「天国って、あるのかな」

「どうだろうな」


「・・・・・・あったら、いいな」




舞姫の呟きは、龍弥と拓人に疑問を残したまま星空へ消えていった。





 

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