我は昔からそうだった。
いつも小さい奴に囲まれて
お前が次の長だと言われていて
期待に応えなければと
気張ってばかりいた。
支配されることなど
考えて居なかった。
貴様が我を支配しようとするのなら
我も貴様を支配してやろう
第伍章 銀色
――・・・・・
舞姫は次の目的地を探して歩いていた。
拓人のお陰で基地の大体の目星はついているのだが、流石に正確な場所まではわからずにいた。
基本的に敵が潜んでいる基地は規模が大きいものが多く、各地に点在する大きな屋敷などは彼らの基地であることの方が多かった。
とりあえずなるべく情報を採取しつつ、屋敷を虱潰しに当たってみることにしたのだ。
怪しいと踏んだ場合は迷わず潰す。その覚悟は出来ていた。・・・つもりではあるが。
本当に自分に出来るのだろうか。
彼女はぐっと手を握り締めた。
すると気付かないうちに足取りが速くなってしまっていたのか、後ろを歩いていた龍弥と拓人がこちらを不思議そうに見ていた。
「舞?」
「っあ、・・・・・すまない。どうした?」
「いや・・・何か・・・怒って、る?」
龍弥が不安げに言った。
そんなに態度に出てしまっていたのだろうか。
「いや、別に怒ってない。考え事をしていただけだ」
「そうか?・・なら、いいけど」
「舞姉、疲れたのなら一回休む?さっきから歩き続けてるでしょ」
拓人が聞いてきたが、舞姫は首を振った。
今は休んでいる場合ではなかった。
疲労が無いといえば嘘になるが、ぶっ倒れるほど疲れているわけでも無いし、歩き始める前だって多少寝ているのだ。
まだ問題は無い。 大丈夫だ。
「もう少し歩こう。二人は大丈夫か?」
すると二人はニコリと笑った。
それを肯定の合図と受け取った舞姫はまた歩き出した。
そんな彼女達を見つめる影が一つ。
影は銀色の髪を靡かせながら闇へ姿を消した。
―――――――――
ここは森の奥。
そしてそこには深い洞窟があった。
その中には一つの群れがいる。
『我等の縄張りに侵入した人間がいる?』
『すぐに排除せねば!』
『だが最近の人間は狂暴だと聞く』
『この間も仲間が撃たれて怪我を負ったのだぞ』
『ではどうするというのだ?!』
洞窟の中はざわざわと騒がしい。
言葉を交わす彼らは皆、銀色の美しい毛を持っており、風に靡いて光っている。
その体は大きく、人一人が背中に乗ることができる程のサイズだ。
その奥で少し盛り上がった高台に座っている者が居た。
彼がざわめき立っている彼らと決定的に違うのは人であるという点だ。
しかしやはり風でさらりと揺れる長い髪は銀色で、その髪の隙間から覗くフサフサした獣耳が彼は人間では無いということを証明してくれる。
「我が行こう」
彼はそう呟いた。
すると辺りは先程より大きく沸いた。
『何を仰られますか!貴方様が直々に手を下す必要など御座りませぬ!』
『第一、まだこの間の傷も癒えていないで御座いましょう?!』
『ここは我等が総出で・・・!』
「静かにせよ」
ざわざわと騒がしかった辺りは彼の一言でしんと静まり返った。
そしてその場には彼の言葉のみが響く。
「所詮掠り傷だ。いらぬ心配はせんで良い。それに一人の方が楽であろう」
彼は乱暴に包帯が巻かれた腕を擦った。
『ですが・・・!』
「危険だと察したらすぐに退く。この間のような失敗はせぬ」
彼はスッと立ち上がると歩き出した。
「良いか、我が合図するまで外へ出るでない。わかったな?」
――――――――
一方、舞姫達は水辺で休憩を取っていた。
あれから歩き続けた彼女達は小さな湖を見つけ、結局休憩することにしたのだ。
湖の近くに置いてある大きな岩の上に3人で座っていた。
その時、水辺で突然蛍が飛び始めた。
小さく儚い光だったがそれはだんだんと集まり始め、気がつくと辺りは蛍だらけになっていた。
「うわ・・・綺麗」
「凄いな。初めて見た」
「すげぇけど、これ全部虫なんだよな」
蛍はふわふわと発光しながら飛ぶ。
まるでゆっくりと動く流れ星のようだ。
舞姫達がしばらく蛍を眺めていると、突然背後から殺気が向けられた。
3人は咄嗟に飛び上がった。
そしてそのまま近くの木の枝の上に着地する。
先程まで3人が座っていた岩には大きな引っ掻き傷のようなものが出来ていた。
そしてその近くに立つのは銀色の髪を靡かせ、純白の着物に身を包んだ青年(見た目からして19歳くらいだろうか)。
髪から覗くのは獣耳。
「ほう・・・少しはやるようだな」
青年はニヤリと笑った。
手には苦無程の大きさの刃物が3本握られていた。
あんな小さな凶器であの大きな岩を切り裂いたというのか。
3人は思わず目を見張った。
「おいおい・・・空気を読めないお客さんがいるもんだ」
龍弥が冷や汗を垂らしながら言った。
すると青年はグッと刀を握り締めると一気に攻めてきた。
「っく・・・ッ!」
舞姫は咄嗟に刀を抜き、二人の前に出る。
何とか最初の一撃は防いだ。しかし彼の力は予想以上に強く腕がキリキリと痛む。
このままでは力で押し切られてしまいそうだ。
「舞!」
隣からヒュンッと鋭い音が聞こえ、青年は身を引いた。
彼の足跡が残るそこの上に龍弥が振るった鞭の跡がくっきりと出来た。
「切り裂け、全てを。"颯"」
次には拓人の術が発動し、透明の刃のようなものが辺りに走り始めた。
それはひらひらと舞う木の葉を切り裂き木々へ傷をつけて行く。
それから刃は青年へと向かっていった。
「ふん、そんな技が我に効くとでも思っているのか」
しかし、青年は武器をグッと握り締めると、向かってきた風の刃をいとも簡単に振り払った。
「これは・・・かなり厄介だね」
「っくそ、面倒だな」
拓人と龍弥はそう毒づき、構えた。
舞姫も刀を斜め下に構える。
「厄介なのは貴様等も同じよ。我も本気を出すとするか」
青年はそう言った。
すると次の瞬間青年を眩い光が包んだ。
「な、にを・・・ッ?!」
あまりの眩さに思わず腕で顔を覆った。
数秒後光が収まると先程まで青年が居たその場には人が2人乗れるくらいの大きさの狼が居た。
姿が変わっても風に靡く銀色のたてがみや赤い瞳が、そこにいる狼が先程の青年だということを物語る。
「ははっ、冗談・・・」
「これまた・・・珍しい敵だね」
龍弥と拓人が武器を構え直す中、狼はグッと足を踏みしめ、ダッと走り出した。
その先に居るのは・・・・・・舞姫。
大きな手が振りかぶられ、彼女の頭上に鋭い爪が迫る。
ガキィン!
鋭利なもの同士がぶつかり合う音。
舞姫は攻撃を何とか刀で防いだがやはり力では勝てなかったようだ。
キンッと音を立てて刀を弾かれ、飛ばされた。
「ぐぁ・・・ッ」
少し奥にある木へと強く体を打ちつけ、舞姫はドサリと地面に力なく倒れた。
弾き飛ばされた刀は少し遠くでザクッと地面に深く突き刺さる。
「舞!」
「舞姉!」
龍弥と拓人が叫び、近寄ろうとするが、それより早く狼は飛び上がり、舞姫の上に跨った。
顔の横にふさふさした柔らかな手が置かれ、足には体重が掛かっていて動かない。
人間で言うのなら押し倒されているような状態だった。
『貴様は何故ここへ来た?』
狼は低い声で言った。
声がとても近い。耳元で言われたのだから当然か。
閉じていた瞳を薄っすらと開け、舞姫は狼を見た。
お互いに視線を逸らさずじっと瞳を見つめあう。
やがて狼の方から顔を離した。
『何とか言ってはどうだ』
その瞳はどこか揺れているような気がした。
「てめぇ、いつまでそこにいやがんだ!さっさと退けやがれ!」
途端、龍弥の怒声が響き、次に鞭がヒュンと音を立てて狼を狙った。
だが彼はその大きな体に見合わぬ俊敏な動きでその攻撃を避けると、状況を不利と見たのか、一度退いて行った。
「逃がさない。追え」
拓人がそう呟くと辺りをゆらゆらと舞っていた木の葉が突然動きを変え、狼を追尾し始めた。
「舞、行くぞ!」
「え?あ、あぁ・・・」
龍弥に手を引かれ、座り込んでいた舞姫は立ち上がり狼を追い始めた。