我は何をしている?


奴等を排除しに行ったはずの我は・・・・・一体、何を?




彼女の顔が見られない。


何故だ。

紫色の瞳が、美しく見えて仕方が無い。




既に我は・・・貴様に支配されたとでも、言うのか。





第陸章 支配







――――・・・・・・




舞姫達はひたすら走っていた。常人ではあり得ないようなスピードで、逃げ回る銀色の狼を追う。
しかし、狼もかなりのスピードで走っており、その差は一向に縮まらない。



「このままじゃ埒が明かないぜ!」

「いつまでも追いつけないね」



龍弥と拓人はじれったいのか、吐き捨てるように言う。だがその近くを走る舞姫はどこか上の空だ。



「舞?」

「ッふぁ?!・・・・・あ、ごめん。何だ?」



声を掛けると我に返ったかのようにビクリと肩を揺らし、次にポカンとした表情で龍弥を見返した。



「あ、いや、ボーっとしてたから・・・どした?」

「・・・なんでもない」



舞姫は首を振って応えた。
そんな彼女に龍弥はため息を零す。

実のところ、走り出してから似たようなやりとりは何度かあったのだ。

先程は枝に足を引っ掛け、転びそうになっていた。
咄嗟に支えたはいいものの、彼女の胸の辺りに手を宛がってしまい、拓人に変態だと騒がれた(本人は気にしなくていいと言っていたが、無理な話だ)。


その数分後、追っていた狼が急にクルリと向きを変えた。



「?!」



3人は何とか目前でブレーキを掛けて止まった。それから数秒睨み合う。
しかし狼の視線の先には舞姫しか居なかった。

睨むというより見つめるといった風な視線を向けてくる彼に舞姫は思わず首を傾げた。

何をしているのかと思った次の瞬間、赤かった狼の瞳が急に青に変わった。
驚く龍弥と拓人を他所に舞姫は催眠術にでも掛かったかのように動きを止めた。そしてドサリと力なく倒れる。



「舞?!」

「舞姉、どうしたの?!」



駆け寄ろうとする二人を押し退け、狼が舞姫を背に乗せる。
そして走り出した。



「っな!アイツ、誘拐しやがった!」

「急いで追うよ!」




―――――――――








「・・・・っん、」



舞姫はふんわりとした感触の中で目を覚ました。

ここはどこだ?
確か狼がいきなり動きを止めて、それで・・・・それで?

それ以降の記憶が無い。
龍弥と拓人の声も聞こえない。一体どうしたというのだ。
舞姫は閉じていた瞳をゆっくりと開けた。

すると目の前に赤い瞳があって、驚きのあまり目を見開いた。



「ッな・・・!」

「やっと起きたか」



赤い目の持ち主である狼(今は人型だが)はふっと微笑んだ。



「何なんだ、さっきから・・・」



敵であったはずなのに、コイツは何をしたいんだろうか。舞姫は何をされるのかと身構えるが、狼は笑みを絶やさない。

やがて地面についていた舞姫の手の上に狼の手が置かれた。



「っ、何を・・・ッ」

「貴様は、我をどう思う?」



驚く舞姫を他所に、狼は悲しそうな表情で尋ねた。だが彼女には何が言いたいのかわからなかった。

―我は何を言っているのだ・・・?

実際のところ、言った本人もよくわからないようだったが。



「わからないのだ。貴様と我は敵同士でありながら・・・我は貴様の事が気になって仕方ない」

「・・・・・んな事俺もわかんねぇよ」



舞姫はぽつりと呟いた。
初対面で寧ろ敵同士だった相手の気持ちなどわかるはずもない。



「簡単に他人の気持ちなんざわかってたまるかよ。俺は超能力者なんかじゃない」



もしも相手の気持ちが一発でわかったとしたら・・・こんなに苦労して生きることなど無い。
相手の顔色を疑いながら生きていく理由なんてなくなる。



「お前だって、今の俺の気持ち・・・わかんねぇだろ?」



舞姫の言葉に狼は下を向いた。銀色の髪から覗く耳がしゅんと項垂れている。
それを見た舞姫は何を思ったのか、彼の頭を優しく撫でた。さらりと銀色の髪が揺れる。



「・・・?」

「お前は、どうしたい?」



まっすぐと目を見て言う。数秒間その状態が続いたが、ふと狼が目を逸らした。



「名が、欲しい」

「・・・・名、前?」



どこか恥ずかしそうに言う狼。
問いかける舞姫にこくりと頷いた。



「我は名前が無いのだ。群れの長だなんだと騒がれても、結局特別なものなど人型になれるということだけだ」



寂しそうに言う狼を見つめ、舞姫はどこか考える素振りを見せてから



「紅銀・・・」



ぽつりと呟いた。
すると狼はその言葉をぽつりぽつりと呟き始めた。



「我の、名前」



舞姫はこくりと頷く。
すると狼・・・紅銀は嬉しそうに微笑み、舞姫の隣に腰掛けた。
先程まで敵対していた相手が隣に座ると若干違和感があったが、嫌な気はしなかった。

紅銀は一泊ほど置くと、口を開いた。



「我は・・・我等が一族の長なのだ。いつもいつもプレッシャーばかりが圧し掛かって・・・群れの長には我のように人型になれる者しかなれぬ。だが群れの中に我の他に人型になれる者はまだ現れていないのだ。我はまだ子供が居ない故、次世代につなぐことができない。だがしかし・・・我もいい加減巣穴の中でふんぞり返っている事に飽きてしまってな。だから・・・・」



そこでまた一拍置いた。



「我侭を言うようだが・・・・・我は貴様と共に居たい」



その言葉に舞姫は一瞬だけ目を見開く。
だがすぐに表情を元に戻し、ふっと口角を上げた。



「そっか。・・・でも、俺はその場に留まってるだけじゃないんだ。俺と一緒に行くっつーなら・・・」

「覚悟はしている。だが、仲間達には無責任だと笑われるだろうな」



紅銀が寂しげに呟いたその時、ざわざわと辺りの木々が揺れた。それと同時に突き刺さるような無数の殺気が向けられる。



『敵へ寝返ったか、長よ』



木々の間から現れたのは狼達。紅銀よりも一回りほど小さかったが、それでも数え切れないほどの数が姿を現し、迫力が物凄かった。
更に赤い瞳から放たれる鋭い視線に、舞姫は思わず身を固める。



『貴様のお父上が貴様を長にすると言った時から不安ではあったのだが・・・まさか我等を裏切るとは』

「我はまだ裏切ってはおらぬ!」

『ほう?だが貴様は先程、この小娘と共に居たいと言っておったではないか』



苦しそうに言う紅銀に、先頭に立つ狼がふんと鼻を鳴らしながら言う。



「それが裏切ったという証拠にはならぬ」

『敵だと見なした人間と共に居ること・・・その時点で貴様は既に我等が長ではない!』



そう叫んだと同時に狼達が一斉に姿勢を低くする。どうやら戦闘態勢に入ったようだ。



『裏切り者はいらぬ。ここで消えてもらおう』

「っく・・・!」



それが合図だったかのように狼達は走り出し、鋭い爪を振り上げた。
しかしその爪が振り下ろされることは無かった。



「ここで仲間割れすんじゃねぇよ」



声の主は舞姫だった。
その途端、辺りには蓮の花びらが舞い始める。狼達の手には無数の花びらが巻きついていたのだった。



「どうやら、邪魔なのは俺のようだな」



舞姫はぽつりと呟くと、振り上げていた刀を下ろした。



「俺が消えれば・・・コイツは見逃すのか」

『さぁどうかな?貴様が消えたところで、ソイツが裏切り者だという事実は変わらん』



狼はニヤリとどこか意味ありげに微笑む。



「そうかよ。じゃあコイツは連れてってもいいんだな?」

『それは許さん。これは我等の問題だ。人間が口を出すでない』

「そりゃあ可笑しな話だ。もうコイツはいらないだろう?」

『・・・・小娘、いつまでも生意気な口を利いていると、喰ってしまうぞ』



狼の表情が強張る。体に纏わり付いていた花びらを振り払い、舞姫へと近付く。



「き、さま・・・ッ!」



紅銀が原型へ戻り、彼女の元へ向かおうとするが、その行く手を他の狼達が阻む。



『奴が気に入った小娘・・・味わってみるのも悪くは無い』



狼は舞姫の首筋をぺろりと舐める。ぞわりとした感覚に身が固くなる。



「っ・・・」

『まずはどこから食べてほしい?ここか?』


「何・・・っぐ、あぁあぁぁあぁ!」



そういうと同時に、狼は舞姫の右肩に噛み付いた。

鮮血が地面へぽたりと落ち、そこへシミを作る。
狼の銀色のたてがみも紅色に染まる。



「はぁっ、はぁ・・・は、ぁ・・・」



舞姫は噛み付かれた右肩に手を宛がい、荒い息を吐く。

腕はだらりとして力が入らないが、取れたわけでは無さそうだ。
それでも激痛に思わず意識を手放しそうになってしまう。
狼はそんな彼女を見つつ、ぺろりと口元に付いた血を舐め取った。



『ふむ、不味くは無い』



しかしその言葉のすぐ後に、狼は後ろへと飛び退いた。
今にも倒れそうな舞姫の視界は銀色一色に染まる。



『テメェ・・・黙ってりゃ好き勝手に・・・!コイツは我の所有物だ。勝手に触るな』

『裏切り者が良く言うものよ。やはり貴様は消しておかなければならないようだ』



紅銀の言葉遣いからは先程までの高貴な言葉遣いは消え、どこか荒くなっている。
きっとこちらが本当の彼の性格なのだろう。

狼は自分よりも大きな紅銀に怯える様子もなく構える。 そんなに腕に自信があるのだろうか。

その時、舞姫の背後から突然人影が現れた。



「?!」

「しーっ」



現れたのは龍弥と拓人だった。
二人は舞姫の右肩を見るなり彼女の怪我をしていない方の腕を引いた。
そしてその場を立ち去ろうとする。



「ちょっと待ってくれ!あいつ等はどうするんだ?!」

「そんなコトよりお前、酷い怪我だろ?無理すんな」



騒いでいると狼達と戦っていた紅銀が顔だけこちらへ振り向き、頷いた。



『これは我の問題だ。貴様は早く逃げろ』

「だ、だって・・・この人数、一人で倒せる訳が・・・!」

『ふん・・・我を誰と心得る?このような奴等など赤子の手をひねるようなものだ』



ニヤリと不敵な笑みを浮かべる紅銀を心配そうに見つつ、龍弥と拓人に手を引かれ、舞姫はその場を立ち去った。

だが、舞姫は少し走った後にぴたりと足を止めた。



「やっぱ・・・逃げ出すなんて出来ない」

「バカ言え!お前その怪我でどうするってんだよ!」



しかし龍弥も繋いだ手を離さない。二人は手を握ったまま言い合いになった。



「だからって置いてくのか?!」

「もともとアイツは敵だった!折角仲間割れしてるんだ、この隙にさっさと逃げよう!」

「アイツは・・・紅銀は、俺を守ろうとしてくれた!置いていくわけにはいかないだろ!今度は俺が守る番だ!」



頑なに首を縦に振らない舞姫に、龍弥はどうしていいかわからなくなった。
その時、ずっと黙り込んでいた拓人が足を逆の方向へ進めた。
その先には、紅銀がいる。



「行こう、舞姉」


「!」

「拓人・・・!」



その言葉に龍弥と舞姫は目を見開く。



「それが舞姉の意志なら、僕は従うよ。それに・・・・お礼もしなくちゃね」



ニヤリと笑う拓人に、舞姫は嬉しそうに微笑み、龍弥はがりがりと頭を掻く。



「しゃーねーな。・・・・行くか」



―――――――――・・・・



『っく、・・・はぁ、はぁっ』


『あれだけ大口を叩いておいてこの程度か?』



紅銀は傷だらけで狼達に囲まれていた。
手足は動かしすぎてビリビリと痛む。
これまでかと紅銀が覚悟を決め、目を瞑った途端。



「可憐紅蓮!」



辺りから無数の花びらが現れ、視界が埋め尽くされた。そして次にふわりとした感覚。



「無事か、紅銀」



逃げたはずの彼女が、そこに居た。

紅銀は嬉しさと疑問が入り混じった瞳でしっかりと立っている彼女を見上げた。
傷は大丈夫なのだろうか。



『貴様・・・何故、戻ってきた?』


「ンなボロボロになって良く言うよなぁ」

「借りを返しに来たんだよ」



肩で息をしながら苦しそうに言う紅銀へ龍弥と拓人が声を掛ける。
どこか嫌味ったらしく聞こえるが、言われた本人にとってはどうでもよかった。



「あのまま逃げてたら、多分・・・俺は自分が許せないと思う。だから・・・」

『ふん、傷だらけのくせに大層なことよ』

「それはお互い様だろ」



紅銀と舞姫は顔を見合わせ、ニヤリと笑った。



「まだ戦えるか?」

『当たり前だ。我を誰と思っておる?』

「こりゃあ頼もしいな」



3人と1匹は戦闘態勢に入ると、一気に狼の群れへと突っ込んでいった。






数分後、舞姫達はあっという間に敵の数を減らしていった。といっても殺しはせず、皆散り散りに逃げていくだけだが。



『っく、貴様・・・!』

『我はもう貴様等の長ではない。我に構うな。とっとと立ち去れ』



紅銀が一睨みすると狼達は全員悔しそうに立ち去っていった。
それからすぐに電池が切れたかのようにドサリと座り込む。



『はぁ・・・はぁっ、』

「お疲れさん」

『貴様もな』



座り込んだ紅銀の腹の近くに座る。ふわふわした毛皮がくすぐったい。
舞姫は紅銀の首の辺りを優しく撫でた。



『貴様は、不思議な奴だ』

「・・・いい加減その型っ苦しい喋り方やめろよ。あと貴様じゃなくて舞姫な」

『そうだな。我も丁度この喋り方に飽きたトコだ。舞の言う通りやめるとしよう』



「・・・・どっか変わったか?」

「さぁ?」



龍弥と拓人は首を傾げるが、舞姫は満足げに笑った。



「で?一緒に行くんだろ?」

『当たり前だ。あいつ等とは縁を切った。お前について行く他無いだろう?』



紅銀は舞姫へと擦り寄る。
尾を犬のようにパタパタと振っている。嬉しいようだ。



「宜しくな、紅銀」

『勿論だ』





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