人は誰しも光と闇を併せ持つ




光が解き放たれし時

人は誰かを想う事が出来る



闇を解き放たれし時

人はもう一人の己を生み出す




もう一人の己は


自らの中に棲む獣となる







獣を生み出した人間は・・・・




(見つけた、俺の主)




巨大な力を持ち、この世に君臨する






第漆章「隠密」










―――――――・・・・・



舞姫は己の違和感に気付いていた。


この間、敵である組織に自分達の存在を知られてしまった為、自分達を潰そうと刺客が続々と来た。
派遣されて来る人数も馬鹿にならず多い時には50人近く襲ってくる。
どこから人間を連れてくるのか直接問い質したいほどだ。

それはともかく、何人も人間が来たとしても彼女はかすり傷一つ貰わずに完勝してしまうのだ。
刺客が決して弱い訳ではないが、彼女へ放たれる攻撃はことごとく空を切り次の瞬間には身が引き裂かれる。

この状態が3日も続いている。
まるで自分の体では無いかのように、身体が動くのだ。



「少し・・・独りになりたいな」



舞姫は龍弥と拓人が寝入ったのを確認し、少し離れたところにある他のよりも背が高い木の上に登った。

ここはとても眺めが良い。


その時、後ろからザッと足音が聞こえ、舞姫はバッと振り返った。
途端不自然な浮遊感に襲われ、視界が反転する。
そのまま木の上から落下し、地面に叩き付けられた。
背中に鋭い痛みが走り、息が苦しい。
うっすらと目を開けると、黒装束のような奴が彼女の首に手を添えていた。

しまった。
つけられていたのか。



「一人になってくれて良かったぜ。その方が始末しやすいしな。・・・・・・だが、ただ殺すだけじゃ勿体無いよなぁ」



男はニタリと卑しい笑みを浮かべた。
その笑みを見た舞姫はぞわりと寒気に襲われる。

・・・ヤバい。

流石に鈍感な彼女でもそう感じ取った。
男はそれに気付いているのかいないのか、相変わらず笑いながら舞姫の服へ手を掛ける。

感じたことの無い恐怖感に抵抗も出来ず舞姫は思わずぎゅっと目を瞑る。


しかし、男は突然動きを止めた。
どこから出てきたのかわからないが、男とは違う気配が辺りに漂う。



「ちょっと・・・俺の主に手ぇ出さないでくれる?」



聞いた事の無い声・・・誰だろう?
舞姫は閉じていた目を恐る恐る開く。

彼女の目に映ったのは、見たことの無い青年。
青年はニコリと笑みを浮かべながら男の手を掴んでいた。



「あぁ?何だテメェは・・・怪我したくなかったらさっさと・・・」



男の言葉はそこで途切れた。
青年が男の腹へ蹴りを入れたからだ。

蹴られた男は呻き声を上げて倒れる。



「残念。アンタとこの子は釣り合わないよ」



青年は突然刃物を取り出したかと思うと、男に何の躊躇もなく止めをさした。
彼の頬に返り血が飛ぶ。

ここに来るまで何人も斬って来たが、思わず舞姫は息を呑んだ。



「大丈夫?お嬢」



声を掛けられたが言葉が出てこない。



「・・・誰?」



やっと搾り出した言葉がそれだった。

相手はこちらを知った風だったが・・・舞姫は彼を知らなかった。


すると彼は顎に手を添えて、少し考える素振りを見せてから、にこりと微笑んだ。

その時、風で右目を隠していた前髪がふわりと揺れる。
前髪の奥にあった右目は、黒い左目に反して灰色だった。



「う、わ・・・っ」



風に翻弄されて舞って来た無数の木の葉に視界が一瞬遮られる。
そして再び視界が開けた時には、少し遠くに居た青年は目の前にいた。



「ッ?!」



舞姫は思わず後ずさる。
しかし同じ距離の分、男は近付いて来る。



「俺は君。君は俺」

「な、何・・・意味のわからないことを・・・」



手が何か冷たいものに触れる。
それは大きな岩だった。

しまった・・・追い詰められた。

顔の横に男の手が置かれる。



「俺はお嬢を守るために、お嬢から生み出された」



舞姫は困惑した。
意味がわからない。

コイツを生み出した?
そんな馬鹿な。
俺には夫も居なければ子供も居ない。



「お嬢の中に棲んでるんだよ、俺は」

「中?」



ますます意味がわからない。



「光が放たれし時、人は誰かを想う事が出来る。そして闇が放たれし時、人はもう一人の己を生み出す」

「・・・・っ」



青年が突然呟いた言葉に舞姫は目を見開く。

それは聞いたことがある。
誰に聞いたかは忘れたが古い記憶の片隅にぽつりとあった言葉だ。



「もう一人の己は、自らの中に棲む獣となる・・・・」

「何だ、知ってるんじゃん。まぁ簡単に言うと、その獣が俺ってワケ。わかった?」



コロコロと表情を変える青年に、舞姫はふるふると首を振った。

わかるはずがない。
否、この状況下で理解できる人間が居るだろうか。
そんな奴が居たらそのバカなほど冷静な頭を叩き割ってやりたい。


もし仮に彼が舞姫の中に棲む獣だとしよう。
本来中に棲んでいるはずの彼は今目の前にいるし、物体に触れている。



「俺がお嬢に触れるのは、俺の主だから。それにお嬢は普通の人間と違って力が強いみたいでね。ちょこーっと力を使うだけで簡単に実体化できるみたいなんだ。ちなみに、お嬢からも俺に触れるよ?」



心を見透かしたかのように青年はそういい、舞姫の手首を掴むと彼女の手を自分の頬に触らせた。

確かに温かいし本当に生きているようだ。
だけど、彼は実体化した自分の中にいる獣。

舞姫は長ったらしい説明に頭痛がした。



「わかんない・・・・」

「まぁ俺は事実を話しただけだし。信じるかどうかはお嬢次第だよー」



舞姫から離れながら青年は言った。
そんな彼の腕を舞姫が腕を伸ばしてがしりと掴む。

青年は少しだけ驚いたような表情をする。



「どうしたの?お嬢。やっと甘えが・・・」

「・・・・名前は?」

「無視?しかもお嬢、声震えてるよ?まぁいいや。・・・・俺は黒霧白露」



男もとい白露はニッと笑い、腕を掴んでいる舞姫の手に己の手を絡め、引き寄せた。



「ッ?!」

「お嬢あったかーい」

「っや、め・・・離せッ!」



抱き締められ、頬ずりをしてくる白露に舞姫は頬を染めた。
じたばたと暴れるが逃げ出せない。

やがて顎を掴まれ、クイッと上を向かされる。目の前には白露の顔。



「ち、近ッ・・・」

「うーん、本来ならもう独りの自分って同姓の奴が生まれる筈なんだけどねぇ。まぁ男の方が色々と都合良いし、ラッキーかなぁ」

「どうでもいい!早く離れろッ」

「あはは、照れてる!お嬢可愛いーっ」



胸を押し返してみるが効果は無い。寧ろ更に密着してくる。
頭痛は眩暈に変わった。


その時、遠くから足音と自分を呼ぶ声が聞こえる。
・・・龍弥と拓人だ。



「あらら・・・そろそろ戻んなきゃ。またね、お嬢♪」

「何・・・っ、?!」



白露はにこりと微笑む。
すると次の瞬間スッと体が半透明になった。
先程まで触れることができたはずの彼は突然触れることが出来なくなり、その状態で舞姫と重なった。

自分の中に何かが入ってくる様な不思議な感覚に襲われ、彼女は地面に膝をついた。
胸の辺りの服をギュッと握る。



「はぁっ、はぁ・・・く、ンの馬鹿・・・」



思わず悪態を吐く。
もう先程までの軽い声は聞こえない。

その時丁度龍弥と拓人が姿を現した。



「舞、どうした?!」



二人は地面に膝をついている舞姫を見つけるなり、駆け寄る。
大丈夫かと心配そうにたずねる彼らに舞姫はこくりと頷いて見せた。



「ちょっと・・・疲れただけだ」



舞姫はふと辺りを見渡し、首を傾げた。
先程までそこにいたはずの黒ずくめの男が居ない。あれは確かに死んでたはず。


(あ、アレは処理しといたから♪)


頭の中に白露の声が響いた。
しかし声に続きは無く、そこでブツリと切れた。



「ッチ、お節介な奴」

「舞?」

「何でもない」



舌打ちをした舞姫を龍弥と拓人が不思議そうに見つめる。
見つめられた本人はというとふいと視線を逸らし、半分以上雲に隠れた月を見上げた。


―どうやって二人に説明しようか・・・


舞姫は誰にも気付かれないように小さく溜息を吐いた。

そんな彼女達を見る影が一つ・・・。
影は何かを見極めたかのように一度だけ小さく頷くと、その場から一瞬で姿を消した。





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