今は休もう。



これから始まる悲劇の為に。









第捌章「休息」







――――――・・・・




この国には幾つかの村や町がある。

いくつもある村の中で"三つ葉村"と呼ばれるこの村はその中でも割と大きな村だ。
人口は約500人程度で、村にしては領土も広くて店なども多く、時間帯によっては街の大都市にも引けを取らない程の賑わいを見せる。

そんな村に、舞姫たちは訪れていた。



「村にしては・・・随分賑やかだな」



舞姫は行き交う人々の姿を眺めながら言った。
そのすぐ近くを歩く紅銀は森から出たことは無かったため、まるで無知な子供のようにきょろきょろと辺りを見渡している。
拓人と龍弥は人ごみには慣れているのか平然と村の中を歩いていた。



「この村には村民より商人が多いはずだよ。港もあるし、ある程度の設備も揃ってる。更に自然も多いから、都会から観光に来る人も結構居るんだ」

「ンな長ぇ説明良いからさ、とりあえず飯食おーぜ」



拓人が歩きながら説明する様子に、龍弥は頭の後ろで手を組み、つまらなさそうに口を尖らせた。
確かに、村に着くまでは動きっぱなしだった為、彼が空腹を訴えるのは頷けるが。



「それに、木の実ばかりだと・・・何か物足りないしなぁ」

「野菜も食っただろう?」

「あれは野菜じゃない、山菜だ」



龍弥があまりにも腹が減ったとぐずるので、特に考えずにそこらにあった飲食店に入る。
丸いテーブルに座り、近くを歩いてきたウェートレスに簡単な物を注文して一息吐いた後、舞姫は店の中をふと見渡した。



「・・・木造なんだな」

「そうだね。この村は自然を大切にしてるらしいし、木造の建物が殆どだよ」



その時、突然店の少し奥の方からガシャンッという派手な音が聞こえた。

何事かとそちらに目を向けると一人のウェートレスの娘が男3人に囲まれていた。
彼女の足元には運んでいたであろう料理が散らばっている。
ぶつかってしまったのだろうか。



「おい、ねーちゃん!ぶつかっといてシカトか?あぁ?」

「す・・・すみません」



3人の男の内一人(アイツが1番偉いのだろうか)は娘が謝っているにも関わらず、彼女に慰謝料を払えなどと脅している。
挙句の果てには体を触り始めた。

しかし、男の周りには部下らしき人間が2人も居るため、誰も動けない。
店長も他の従業員もすっかり萎縮してしまい、沈黙が続く。・・・かと思われた。

突然舞姫が沈黙を破るかのようにガタリと立ち上がった。
立ち上がった彼女の目的は言うまでもない。



「おいおい・・・冗談だろ」



龍弥がふぅ、と溜息を零す。
やめとけと言わんばかりの龍弥の目を見ながら舞姫は平然と応える。



「食事中に騒ぐのはマナー違反だ。そうだろ?」

「・・・しゃーねーな」



舞姫は龍弥のその言葉を承諾と取り、男達へと長い髪を揺らして近付いた。



「何だぁ?姉ちゃん。・・・テメェも遊んで欲しいのか?」



男達がゲラゲラと笑う。
他の客人はそんな様子を不安げに見ていた。



「そうだな。是非お相手して欲しいものだ」



ニヤリと舞姫は不敵に笑い、近くに居た男の襟首を掴み、足を掛けた。
攻撃と言えるような攻撃ではなかったが、打ち所が悪かったようだ。
ドッという鈍い音と共に男は床に叩き付けられ、泡を噴いて気を失った。



「テメェ・・・ッ!」



残っている男が拳を振り上げる。
だがその拳が振り下ろされることは無かった。

シュンッと食事用のナイフが男の頬を掠り、木造の壁へと深く突き刺さった。
ナイフが飛んできた方を見ると紅銀がまだ手元に残っているフォークを片手で弄び、次に男達へ向ける。



「次は・・・外さない」



紅色の瞳に睨まれ、男は萎縮する。
そんな男の腹部に舞姫が回し蹴りを叩き込んだ。
呻き声を上げながら男が倒れると、残りは未だウェートレスの娘を掴んで離さないリーダー格らしい男ただ一人だ。

その男はさっさと逃げ出すかと思っていたが違ったらしい。
先程飛んできたナイフをいつの間にか手にして娘の首元に宛がっていた。
だが、その手はぶるぶると震えている。



「動くな!コイツを殺すぞ・・・ッ」



娘はもう恐ろしさに声も出ないらしい。
彼女の目は潤んでいて、今にも涙が零れ落ちそうだ。

その時、男がマネキンにでもなってしまったかのようにピタリと動きが止まった。
ふと見ると男の足元には魔方陣のようなものが浮かんでいる。



「女性に刃物を向けちゃ・・・ダメだよね?」



声のした方へ目を向けると、拓人が右手を前に突き出していて、その右手の前には男の足元にあるのと同じ魔方陣が浮かび上がっていた。
きっと男の動きが止まったのは彼の仕業だろう。
そして拓人の近くでは、龍弥が潰された男達をどこから出したのかロープでぐるぐる巻きにしていた。
これでもかと言うほどキツく結んでいる。


二人の様子を横目で見つつ、男の動きが止まっているうちに舞姫は男の手からナイフを抜き取り、娘を救い出す。
震え上がっている彼女を店主の所まで逃がして、男へ向き直った。



「さて・・・・どうボコして欲しいかな、お兄さん?」



数秒後、店には男の悲鳴が響いた。




―――――――――・・・




「本当に、有難うございました!」

「あ、いや・・・そんな感謝されるようなことは・・・」



先程ボコボコにした男は、部下達と仲良くお縄に着いた。
どうやら男達は何度もこの店に来ていて、来るたび暴れたり騒いだりと店主や客も困っていたらしい。



「あなたのお陰で、もう心配する必要もありません!」

「顔上げてくれよ・・・」



もういいと言っているのに何度も頭を下げる店主とウェートレスの娘に、舞姫は困ってしまっていた。



「いーじゃねぇか。体張ったんだから、少しくらい感謝されても」



龍弥が口いっぱいに食べ物を頬張りながら言った。
そんな彼に舞姫は「飲み込んでから喋れ」と溜息を零す。



「少しくらいってレベルじゃないだろ。こんなに食わせて貰って・・・」



今舞姫達の前にはずらりと料理が並んでいる。
男達を追い払ってくれたお礼にと、店の人達が沢山作ってくれたのだ。
挙句、御代は要らないとも言われてしまった。



「ふむ、折角だからお前ももう少し食べたらどうだ?」

「舞姉細いんだから、もっと食べなきゃ」



先程から遠慮しがちな舞姫に紅銀と拓人が言う。

彼等も食べ方こそ上品だが、見た感じかなりの量を平らげている。
山と積み上げられた皿がその証拠だ。



「まだ足りませんか?それなら・・・」

「あ、いやいや!十分です!」

「えー・・・俺まだ足りないよー」

「お前はもう少し遠慮しろ!」








〜数分後〜



「あー・・・もう食えない」

「あんなに食うから・・・」



テーブルにべたりと突っ伏する龍弥に舞姫が呆れた様子で言った。

紅銀と拓人はかなりの量を平らげたにも関わらず、涼しい表情で優雅にお茶を啜っている。



「さて、そろそろ店出るぞ?」



舞姫が言うと龍弥はヨロヨロと立ち上がった。
その足取りは覚束ない。
まるで酔っ払いのようだ。



「ちょっと、兄ちゃん。ここで吐かないでよ」

「そこまでひ弱じゃないやい」



店を出るまで店員に頭を下げられ、最後の最後まで舞姫の引き攣った笑みは消えなかった。



「そういえば・・・ここの村には確か花畑があるらしいよ」



店を出て数分歩いた後、拓人が思い出したかのようにぽんと手を叩いた。
彼の口から飛び出した単語に仲間達は首を傾げる。



「花畑?」

「そう。村の端にあるらしいんだ。ただ、公には公開されて無いらしいから、ちょっとした隠れスポットって感じかな」

「ふむ・・・何だか気になるな」



舞姫は拓人の説明を聞き、少しだけ考える素振りを見せる。
その時。



(お嬢、お嬢)



脳内に白露の声が響く。
そういえば彼の存在を忘れていたな、と舞姫は思った。



(お嬢酷いッ!と、まぁそれは置いといて)



白露は咳払いを一つして、言葉を紡いだ。



(その花畑から、何か感じるよ)

何か?それだけじゃわからない。

(俺もよくわからないけど。だけど・・・とてつもなく、嫌な感じだ)



白露のその言葉の後、急に舞姫の背中にぞわりと寒気が走る。
思わず両手で自身を抱き締めた。



「舞?どうした?」



しばらく黙り込んだままの彼女へ紅銀が声を掛ける。
すると舞姫はくるりと仲間達の方へ振り向いて、彼等を見つめた。



「行ってみないか、その花畑とやらに」



寒気は一瞬で消え去った。
彼女の胸に肌寒い不安を残したまま・・・。






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