さぁ、走れ。


息が切れるまで

息が出来なくなるまで

息が止まるまで



タイムリミット
制限時間は


紅く光った 月が

全てを蝕むまで




第壱拾章 「月光」



――――――――――







「裏切り者には・・・・ここで死んでもらおうか」

「っく・・・・ッ!」



振り下ろされてくる刃に、思わず舞姫は目を瞑った。

しかし、刃が突き刺さるような感覚は無かった。
変わりに感じたことの無い不思議な浮遊感に襲われ、次に優しく包み込まれるような感覚。



「全く・・・冗談も大概にしてよね」



そして頭上からは聞きなれた優しい声が聞こえてきた。

恐る恐る目を開くと、見慣れた緑色の髪が映る。



「た・・く、と・・・?」

「大丈夫・・・助けに来たよ」

「僕の技から、抜け出してきた、だと・・・?!」



声の主である拓人はにこりと微笑み、舞姫を抱き締める腕に少しだけ力を込める。
辺りを見ると、龍弥と紅銀もちゃんとそこにいた。
全員無傷とまでは行かないが、無事のようだ。

男は拓人達の姿を見つけて怒りにわなわなと震えた。
舞姫へと向けられた刃は地面に深く突き刺さっている。



「さっきから聞いてれば、裏切りが何だの、人殺しが何だの・・・本気で言ってるワケ?」

「僕は生まれてこの方、嘘をついたつもりは無いよ」



地面に突き刺さっていた大剣を抜き、男は構えた。



「まぁ、多少計算違いのことはあったけど・・・同じこと。皆、殺してしまえばいいんだ。あの時の、君と同じようにね!」



指を差されて、舞姫は思わずびくりと肩を揺らす。
そんな彼女を庇うかのように、紅銀と龍弥が前に進み出た。



「させぬ・・・。この命に代えても」

「ったりめぇだ。まぁ、死んでやるつもりもねぇけどな」



二人が武器を構えると同時に男も武器をぐっと握りなおす。



「お前等を倒せば・・・ボスにも喜んでもらえるし、僕の復讐劇も終わる。一石二鳥ってヤツかな」



ニヤリと男が微笑む。
そして、真正面から突っ込んできた。



「我に任せろ」



紅銀が素早く擬人化を解き、大剣を前足で受け留めた。
一瞬だけ動きを止めた隙を見逃さず、一気に力を込めて吹き飛ばす。



「お・・・っと、危ないなぁ」

『ふむ、伊達に大剣を振り回してはいないというわけか』



しかしダメージを与えるには軽すぎたようだ。
男は空中で体勢を立て直すと、少しよろけながらも確実に着地した。
ふわりと三つ葉が舞った。

一瞬だけ視界を遮られ、男は大剣を振り回す。



「闇雲に振り回すのは・・・感心しないな」

「何ッ?!」



耳元で舞姫の声が聞こえる。
男はもう一度大剣を振り回すが、彼女の姿は無く、剣が空を切っただけだった。



「ここだよ」



ドスッ

声は横から聞こえ、次の瞬間、脇腹に鈍い痛みが走る。



「っく・・・!」



振り上げられた足が下がっていくのが見えた。
男は大剣を横に薙ぎ払ったが、薙ぎ払われた剣は再び空を切る。

良く見ると、舞姫の目は両目とも灰色になっていた。



「なるほどね・・・!君は彼女の身体を借りて戦うわけだ」

「さっきは不覚を取ったけど・・・今度は、倒す」



舞姫・・・もとい白露が目をスッと細め、刀を一気に引き抜く。
刀は月明かりに照らされ、キラリと怪しく輝いた。



「俺の主に手ぇ出した罪は重いよ。覚悟しな」



目にも留まらぬ速さで男への距離をつめると、刀を縦に振った。

バシュッと鈍い音を立てて、男の右肩から血が溢れ出した。
被っているフードが血に染まって行く。



「ふ、っくく・・・!あははは!」



突如、男が笑い出し、狂ったように大剣を振り回し始めた。



「・・・マジで狂っちゃったみたいだ」



白露がそう呟くともう一度刀を構え、今度こそ男を切り裂こうと走り出す。


ガキィン!


刃と刃がぶつかり合う音。
しかし、それは男の大剣と刀を交えた音ではなかった。



「その辺にしとけ、エン」

「!・・・・・アン、何しに来たの?」



男をエンと呼んだ青年・・・もといアンは、エンと白露の間に割り込み、手に持った杖のような物で大剣と刀を受け留めていた。



「ちょっと何?邪魔しないでよ」

「悪いな、譲ちゃん。・・・いや、今は獣か」



アンは赤い髪を揺らしながら白露へ向き直った。



「・・・随分と美しい主を見つけたものだ。っとまぁ、それは置いておくとしよう」

「だから、何なの?さっさと用件を言ってよ」



首をふい、と横に少しだけ振って、アンは杖を白露の胸元へ向けてトンと少しだけ押した。

途端、白露が中へ戻り、強制的に舞姫の意識が引き戻される。



「・・・ッ、はぁ・・・はぁっ」

「初めまして、お譲ちゃん」



ニヤリとアンが微笑む。
そしてくるりと一回転して、深く頭を下げて見せた。



「俺はアン。アイツはエン。今日は迷惑を掛けて済まなかった」

「・・・建前は良い。とっとと用件を言え」

「おやおや、随分過激なお譲さんだ。・・・良いだろう」



アンは舞姫へ笑みを向け、次に上を見上げた。
彼の視線の先にあるのは丸い月。



「今日は、満月だな」

「はぁ?」



その時、突然ギギギギ・・・と鈍い音があたりに響いた。



「?!」

「ほら、始まった」



舞姫達は音のした方へ目を向ける。
そして目を見開いた。

月が紅く染まり始めたのだ。



「嘘だろ・・・ッ」



やがて月は完全に紅く染まった。
月食などの現象とは比べ物にならない程、真っ赤に染まっている。





「さぁ・・・・カウントダウンの始まりだ」







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