月が紅く染まったよ?

カウントダウンの始まりだ




ほら、聞こえるだろう
おわり
終盤へ向かう 月の音が






第拾壱章「紅色」






―――――――・・・・




「カウントダウン・・・だと?」



舞姫はアンの言葉に警戒を解かないまま首を傾げた。
何の事だと言いたげな彼女にアンはニコリと笑みを浮かべた。



「そう・・・この世界が終わるまでの、ね」



彼は刀を握り締める舞姫の腕を取った。
突然の行動に思わず萎縮する舞姫にアンは笑みを絶やさぬまま後ろに回りこむ。
不意を突かれて反応が遅れた彼女の手から刀を抜き取り、手でくるくると弄び始めた。



「な、にを・・・ッ」

「月が紅く染まったその時、この世界は闇に飲み込まれる」



頭上で舞姫の両手首を纏め上げ、首筋に奪い取った刀を宛がう。
少しだけ刀を動かすと彼女の首筋からは鮮血が流れた。



「っく・・・」

「舞ッ!」



龍弥が叫ぶが、動くことなど出来なかった。
舞姫は人質の状態なのだ。
下手に動けば彼女が危ない。

仲間達は手をぐっと握り締めながらアンを見据える。
アンは刀に付着した血をぺろりと舐め取っていた。



「少しは、まともかと思ったが・・・お前も狂ってるようだな」

「ふふ、褒め言葉だ。・・・・闇を呼び出すには、代償と器が要る」



荒い息を抑えながら、舞姫が呟く。
するとエンは笑みを深くしてまだ血が付着している刀を遠くへと放った。
刀は何度か回転して地面に深く突き刺さった。

すると次の瞬間、刀が突き刺さった地面・・・・丁度花畑の真ん中辺りを紫色の光が包んだ。

ぶわっと緑色の葉が辺りを舞い始める。



「やっぱり・・・・思った通りだ」



アンがニタリと笑みを深くした。
光は数十秒間続いたままだったがやがて弱まっていき、1分後には完全に消え去った。



「だけど、あの量で1分か・・・」



すると今まで黙っていたエンが突然不満そうな声を漏らした。



「この子は殺しちゃダメなのかい?」

「あぁ、殺しちゃ駄目だ」



エンは大剣を背中に背負い、舞姫の顔を覗き込む。

互いの息が掛かる程までに接近され、舞姫は後ずさりたくなったが、生憎両手首は未だ固定されたままだ。
おまけにアンはまだ後ろに居る。



「何の話を・・・している?」

「"お譲さん"には、まだ早いよ」



パッと両手首を解放され、思わずぺたんと地面に膝をついた。



「舞から離れろッ!」



龍弥が声を荒げ、鞭を振るった。
しかし聞こえたのはシュッと空を切る音だけで、気が付いた頃には彼らは花畑の少し奥の方に居た。



「またね、お譲さん♪」

「全てが終わったら・・・・消してやる」



二人は各々に言葉を述べ、姿を消した。

アンとエンが去った後、座り込んだまま立ち上がることの無い舞姫に、仲間達が駆け寄った。



「舞、無事か?!」



龍弥がシュルリと鞭を仕舞いながら彼女に問いかけるが、舞姫は小さくこくりと頷いただけだった。
紅銀に手を引かれて立ち上がるも、下を向いたままだ。



「・・・・とりあえず宿に戻ろう。休まなきゃ」



仲間達は不安になるが、拓人の言葉に歩き出した。




――――――――――・・・・



龍弥が部屋に戻ってきた。



「どうだった?」

「ぐっすり寝てた。・・・けど、まだ苦しそうだった」



先程まで龍弥は舞姫の様子を見に行っていた。

あの後、宿に向かう途中で突然舞姫が倒れてしまったのだ。
確認すると疲れて寝ているだけだったのだが、それでも眠る彼女の表情は苦痛そうだった。



「アイツ等に、一体何を吹き込まれたんだ?」

「だけどあの距離なら僕たちにも聞こえてるはずだ。・・・だけどわからない。これは本人に聞くしか無さそうだね」



拓人は龍弥の言葉にふぅと溜息を零しながら言った。
するとベッドに座り込んでいた紅銀がふるふると首を振った。



「あんな苦しそうな舞など・・・見ていられない」



非力な自分を責めるかのように、手をぐっと強く握った。
それは同じだとでも言いたげに龍弥と拓人も静かに下を向く。



「俺・・・今日、初めて自分が弱いと思った」



龍弥がぽつりと呟いた。
その言葉に拓人と紅銀は龍弥をそっと見る。



「舞が危ないのに、動けなかった」



手を更に強く握り締め、唇を噛み締める。
それから長い髪を揺らしながら顔を上げた。



「もっと、強くなりたい」

『頑張りなよ』

「ッ?!」



突然ドアの方から声が聞こえて3人はビクリと肩を揺らした。
ドアに寄りかかり、腕を組んでいるのは白露だった。



「お前は・・・?」

『君達も何となく感付いてたでしょ?・・・俺の正体』



白露はドアから体を離すと部屋の中へずかずかと入り込んだ。
真ん中にあるテーブルの上にどかりと座り込み、頬杖を付いた。



『さて・・・質問はあるかな?』



首を傾げる白露に紅銀がベッドからギシリと音を立てて立ち上がり、一歩踏み出る。



「貴様は何者だ?」

『獣の長だった君になら、わかるんじゃないの?』



質問に対して質問を返してきた白露に紅銀は若干怒りを感じた。
すると白露は悪戯っぽく笑ってテーブルの上に立ち上がった。



『僕は獣だよ。お譲の・・・舞姫の中に棲む、ね』



それから白露はテーブルの上で一回転すると、テーブルからベッドへぴょんと飛び移った。



「聞いたこと無い?"人は誰しも光と闇を併せ持つ 光が放たれし時 人は誰かと想う事が出来る 闇を解き放たれし時 人はもう一人の己を生み出す もう一人の己は 自らの中に棲む獣となる 獣を生み出した人間は"・・・」



白露が続きを言おうと息を吸ったとき、それよりも早く拓人が口を開いた。



「"巨大な力を持ち、この世に君臨する"」

『うん、やっぱり君は知ってたね』



白露はベッドから降り、カツコツと音を立てて部屋の中を歩き回る。さながら演説のようだ。



『・・・で、その獣が俺ってコト』



白露はそういい終えると、3人が理解できているか確認する。
龍弥がワケがわからないと言った風な表情を浮かべているが、無視した。

基本的に最初は皆そんな感じの反応だ。
舞姫もそうだったように。



『まぁ俺の話はこれくらいにして・・・っと』



どうやら話が本筋に入ったようだ。
3人は先程よりも表情を固くする。



『これは俺の推測だけどね・・・・多分、お譲には彼女自身にすらわからない過去がある』

「彼女自身にすらわからない・・・?」

『まぁ正しくは記憶が無いだけなんだけどね。俺も良く分からないし。まぁ彼女自身にわからないんだから、化身である俺にわかるはずが無いんだけど』



白露は悔しそうに言った。
ふざけた感じだが、やはり彼も多少悔やんでいるのだろうか。



『俺みたいな獣は普通の人間からは創り出されないんだ・・・まぁ当たり前といえば当たり前かな』

「それじゃあ何?舞姉が普通の人間じゃないって言いたいワケ?」



拓人の言葉にこくりと頷いた白露に全員が目を見開く。



『容姿、瞳の色、身体能力、反射神経、適応能力、そして首筋にある蓮の華・・・・・どれも常人が持っていないものばかりだ』

「そ、れは・・・」



白露の指摘に3人は言葉を失った。
確かに、よく考えてみれば彼女の人間らしい所といえば人を想える性格くらいだ。
しかしその性格もまるで天使のように優しすぎる。

もしかしたら・・・彼女は、本当に人ではないのかもしれない。



『そして今日のあの二人の言葉・・・"闇を呼び出すには代償と器が必要"。・・・きっと、お譲は彼等が言う代償や器としてピッタリなんだ』

「な・・・ッ」

『まぁ理由はどうあれ・・・きっと奴等はお譲を欲しがってる』



舞姫が寝ている部屋の方角にある壁に寄り掛かり、白露は3人を鋭く見据えた。



『どんな手を使ってでも、奪いに来るだろうね。それでも・・・君達は彼女を守れるかい?』



白露の問いかけに目を向けられた彼等はふと下を向くが、数秒後に顔を上げた。
彼等の表情には決意が見て取れた。



「当たり前だろ。そのためにここにいるんだから」

「どんな奴が相手だろうと・・・負けるつもりは無いよ」

「この身に代えてでも、守り抜くと誓おう」



3人の言葉に白露はふっと笑みを浮かべた。



『そう・・・安心した。これで俺も遠慮なく加勢できるよ』



その言葉と同時に白露の体が薄くなり始める。
『時間切れ・・・』と呟いて白露は一層笑みを深くした。



『まぁ頑張りなよ。ちなみに、お譲は簡単には渡さないから・・・覚悟しといて』



ウインクを一つ残し、白露は消え去った。

残された3人は胸に固い決意を抱いたまま眠りに付いた。





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