――・・・



暗い


だけど温かい




ここはどこだろう




体の自由が利かない


でも、それでもいい


こんなに心地良いのは久しぶりだ




まるで・・・母さんに抱かかえられている様な


柔らかくて、優しくて、温かい







『どうして・・・ッ』


『仕方ないんだ』


『嫌よ、そんなの!私は絶対にこの子を離さないわ!』







・・・・誰だ?



頬に掛かる長い髪。


俺と同じ、橙色。






『その子は・・・呪われた子なんだ』


『違うわ!この子は私の子供よ!』







頬にぽつりと涙が落ちた。


冷たい・・・



次の瞬間、暗いような寂しいような浮遊感に襲われた。








『嫌ッ・・・嫌ぁあぁあぁああぁああ!!』








落ちる、堕ちる。


どこまでも。




怖い。


だけど声は出なくて・・・




先程まで明るく見えた空は暗く曇っていて


意識は、闇のような空に飲み込まれた。






第拾弐章 「夢幻」





―――――――・・・・
(舞姫SIDE)




「ん・・・っ」



頬に掛かった明るい日差しで俺は目を覚ました。
鳥の鳴き声が聞こえ、外はまだ騒がしくは無いものの、人々が町を行き交う様子が見える。
物凄く気持ち良い。


それにしても、と俺は突然先程まで見ていた夢を思い出す。

とても、とても不思議な夢だった。
温かいのにどこか寂しくて、悲しかった。
それに夢の中に出てきた二人・・・彼等は一体誰だったのだろうか。
認識は無いが、なんだか懐かしい気がした。



「かあ、さん・・・」



思わずぽつりと呟いた。
確かに母さんが目の前に居たなら、あんな感じなのだろうかと思ってしまう。

良く考えれば・・・・義理の母さんは居たものの実母の顔を覚えていない。
まぁ産んですぐ捨てられたと聞いたのだから当たり前か。

だけど実の所は聞かされただけで実際はどうかわからないのだ。
そんな生まれて間もない時期の記憶など残っている訳が無い。

俺は森の奥にある祠の近くに白い毛布のような物に包まれて捨てられていたらしい。
それも、あたかも高いところから落されたかのような置き方だったと聞いた。


考えれば考えるほど、何かが引っ掛かる。
一体、"俺"とは何なのだろう?
最初は何処にいて、誰と一緒に居たのだろう?



「これは考えて出てくるモンじゃないな・・・」



誰も居ない部屋で一人悪態を吐く。

その時、ドアが遠慮がちにノックされた。
それから直ぐに聞きなれた声がドアの向こうから聞こえて来る。



「舞、起きてるか・・・?」

「あぁ・・・起きてるよ、龍弥」



ずっと座り込んでいたベッドから降りながら応えると、ドアがカチャリと音を立てて少しだけ開いた。

そこから龍弥がぴょこんと顔を出す。
その顔はどこか怯えているようだった。



「どうした?何かあったのか?」



彼の表情にはあえて指摘せずにそう問いかけると、龍弥は何故かびくりと肩を揺らした。

―小動物みたいだ・・・何か可愛いな

思わずそう思ってしまう。
怒られるかも知れないので口には出さなかったが。



「あ、いや・・・特に、用事は無いんだけど」

「・・・?」

「その・・・昨日の傷とか・・・大丈夫かなって思って」



昨日の傷?

俺は部屋に設置されている鏡の前に立った。
あぁ・・・これの事か。
首筋には昨日付けられた傷の跡がくっきりと残っている。
大分深く斬りつけられた様だ。



「跡が残ってるけど、大丈夫だよ。もう痛みは無いし」

「そっ、か・・・」



龍弥はそれだけ言うと下を向いてしまった。

どうしたというのだろう。
これだけ元気の無い彼を見るのは初めてだ。
いつもパワフルなのに・・・・。



「あのさ、舞」

「何?」

「あの・・・・・・・ごめん」



突然謝られて、俺は何がなんだかわからなくなった。
一体どうした。
何があったというんだ?



「いきなりワケわかんない・・・説明してよ」



ね?とドアの方に問いかける。

すると遠慮がちにドアが開いて拓人と紅銀が顔を出した。



「気付いていたのか」

「流石だね、舞姉」



紅銀と拓人が恐る恐る部屋へ入ってくる。

・・・皆、どこか様子が可笑しい。
何と言うかこう・・・余所余所しい感じだ。
若干変だなと感じつつ、俺は質問を切り出した。



「まぁともかく、何で謝ったんだ?」

「お前を、その・・・守れなかった、から」



どもりながら龍弥は言った。

俺は思わず目を見開く。
確かに誰よりも強いわけではないが、俺は守られるほど弱くは無い・・・はず。



「あのな、龍弥。俺は守られなきゃなんない程じゃ」

「わかってる・・・・でも」

「・・・・?」



引き下がらない龍弥に俺は首を傾げた。
しかし龍弥はそれ以降押し黙ってしまった。
数秒、沈黙が続く。



「お前は・・・人を頼らなさ過ぎだ」



一向に口を開かない龍弥に痺れを切らした紅銀が、代わりに口を開いた。



「何でも一人で背負い込んで・・・辛いなら辛いと言えばいい。悩みがあれば相談すればいい。感情を表に出せないわけでは無いだろう?お前はちゃんと笑う事だって泣く事だって苦しむ事だって出来るんだ。・・・もう少し、自分に素直になれ」



紅銀は言い切ってから、ふっと優しく微笑む。
そして今度は拓人がベッドにギシッと座りながら俺の方を見た。



「だからさ、その・・・教えて欲しいんだ。舞姉が、昨日の奴等から何を吹き込まれたのか」

「え?・・・何の、話だ?」



しかし、俺は首を傾げる。
拓人が言っているのは昨日のアンとエン・・・あの二人の話題らしい。
だが俺は彼等に何かを吹き込まれた覚えは無い。



「じゃあ、昨日魘されてたのは・・・?」

「俺・・・魘されてたのか?」

「ちょっと待って。魘された事すら覚えてないの?」



部屋に居る全員が首を傾げた。
全く話が読めない。
一体、昨日あれから何があったというのだろうか。

その時突然俺は何だかとてつもない寒気に襲われた。



(舞姫SIDE 終)
―――――――――
(拓人SIDE)




「皆、部屋から出ろ!」



僕は突然頭上から殺気を感じ取った。

皆に叫び、舞姉の腕を引いて走り出す。
仲間達も何がなんだかわからないといった風な顔のまま、続いた。

部屋からバッと飛び出すと、それと同時に突然部屋の中を眩い光が包んだ。
恐らく魔道師の仕業だろう。

―これはきっと、爆発系の術だ

驚いたような表情をしている舞姉をぎゅっと抱き締めて床に倒れこむ。
そして次の瞬間・・・・・部屋が爆発した。



「な・・・ッ?!」


兄ちゃんの驚いた声が聞こえる。

何とか廊下は爆風で済んだようだ。
それは技の威力が弱かったからなのか、それとも先程咄嗟に張った結界のお陰なのかはわからない。

ともかく・・・・これから現れるであろう魔道師には十分注意しなければいけない。

舞姉は、僕が守る。
守り抜いてみせるから。


(拓人SIDE 終)
―――――――――・・・・



カツコツと靴の音が聞こえ、爆発した部屋の中から人が現れた。



「やー、凄い凄い。噂には聞いていたけどここまでとはねぇ。あんだけ微量の殺気を感じ取ったのは君が初めてだよ」



だが見えるのは影のみで今の時点でハッキリとわかるのは、影の正体は男性だということのみ。

数秒後、砂埃をバサリと避けながら現れたのは深い緑色の髪を持った青年だった。



「お前は・・・?」

「初めまして。オレ、エアロって言います」



突然の敵襲に警戒し、身構える舞姫達を他所に青年もといエアロはぺこりと頭を下げて見せた。
そして数秒後に頭を上げ、透き通るようなエメラルドグリーンの瞳を細めて笑う。



「上司から連絡貰ったんだ、ターゲット見つけたってね♪」



エアロはそう言い、身構えている拓人の後ろにいる舞姫を見つめた。
それから笑みを深くする。



「こりゃまた随分とカワイコちゃんだね・・・うーん、勿体無いなぁ」

「貴様・・・やはり、昨日の奴の仲間だな?」

「昨日の奴?あぁ・・・双子の先輩のことかな」



紅銀に問いかけられたエアロは一度首を傾げるが、次に納得したかのように手をぽんと叩いた。

それから腰に手を当てて溜息を吐いた。



「あの人達、人遣い荒くてさぁ・・・この間やっと休み取ったのにまた呼び戻されて、お譲さんを迎えに行けとか言われるし」

「じゃあ、衝突は免れられないわけだ」

「おっ、流石カワイコちゃん。わかってるじゃん。・・・だけどオレ、女の子に手ぇ出す趣味は無いんだよねぇ」



舞姫の辛辣な言葉にヘラヘラと笑みを浮かべるエアロは、突然灰色のコートをバサッと脱いだ。
コートの下に隠れていたのは迷彩色の戦闘服。
戦闘準備完了といった様子だ。



「だからさぁ・・・・・素直にこっち来てくれない?」



彼の瞳が、鋭く光を帯びた。







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