甘い罠に嵌った天使
どんなにもがいても
逃げられない
身体に絡みついた鎖は
破れることは無い
もう、逃げられないよ
捕まえた。
第拾参章「拘束」
――――――――――
「そこのカワイコちゃんが大人しくこっち来てくれれば、手ぇ出さないであげるけど?」
その脅すような言葉には似つかない満面の笑みでエアロは言った。
しかし目は笑っておらず、弧を描く口元もどこか怪しかった。
キッと鋭い光を帯びた緑色の瞳は貪欲に獲物を狙う肉食動物のようだ。
「この人数差で勝てると思っているのか」
紅銀が手にした小刀を構えながら言うと、エアロは肩を竦めて笑った。
「うぅーん、カワイコちゃんは殺せないから別として・・・・少々骨は折れるだろうね」
「否定はしねーってことは、自信はあるみてぇだな」
「まぁね。伊達に魔道師やってないよん」
龍弥の言葉に再び悪戯っぽく笑った彼は懐から何か分厚い本を取り出した。
それを見た拓人が目を見開く。
「そ、れは・・・」
「やっぱ知ってたかぁ。ま、知らなきゃ魔道師失格だけどね」
「どうして、それを持っている・・・?」
「ふふん、世界規模の組織なんだよ?この程度なら簡単に手に入れれるさ」
何がなんだかわからないといった風な仲間達に拓人は苦い顔をしつつ説明する。
「あれは魔術・・・というかそれを発動する為の力、魔力が込められている本なんだ。一般の人から見ればただの魔方陣が載ってる本にしか見えないだろうけど・・・魔力を持つ人間はあれを所持していると更に高度な魔術を使えるようになるんだ」
「つまりは、あれを相手が持ってると厄介なんだな?」
「簡単に言えばそうだね」
エアロが持っている本は、本当に本なのだろうかと疑いたくなるほど分厚い。
本の横の部分でさえも手で挟み込めていない。
それを易々と持っているのは魔力のお陰なのかはたまた彼の力がそれほどまでに強いということなのか。
「・・・で、カワイコちゃんはこっち来てくれるのかな?」
「行かせる訳ねーだろ」
「っ・・・」
小首を傾げた彼の問いかけの答えが見つからず、どうしようか迷っている舞姫の前に進み出たのは龍弥だった。
突然の龍弥の行動に舞姫は少しだけ目を見開く。
エアロが「ふぅん」と呟く中、紅銀と拓人も舞姫を守るかのように彼女の近くに立った。
「コイツが行きてぇつっても・・・行かせねぇ」
キッとエアロを睨みつける彼に、先程部屋で見た弱々しい感じは見られない。
「大体、何でテメェ等は舞だけを狙う?」
「うーん別にカワイコちゃん以外は殺してもいいんだけどぉ・・・俺は興味ないし、カワイコちゃんだけ連れて帰ろうかなぁって思って」
「そこだ。何故舞だけは殺してはいけない?」
龍弥の問いにエアロが答えると、次は紅銀が問いかける。
紅銀の問いを聞いたエアロは一瞬だけ目を見開き、肩を揺らし始めた。
「あっはははは!何?じゃあ君たち何も知らないでその子の近くにいるんだ?」
やがて声を上げて笑い始めた彼に、舞姫たちは思わず目を見張る。
十数秒笑った後に満足したのか、エアロは表情を戻し、舞姫を品定めでもするような目で見つめた。
「本当に何も知らないんだ?もっとも、本人も知らないみたいだけどね」
「テメェが・・・舞の何を知っている?!」
「教えてあげようか」
武器を構えて吠えた龍弥を小ばかにするようにエアロが笑った。
それと同時に龍弥がダッと駆け出す。
攻撃を仕掛けるつもりのようだ。
少し跳躍して鞭を横に振るうも聞こえたのは風を切る音だけだった。
「そんなんであの子を守れると思う?」
「ッ?!・・・・ぐぁあ!」
「龍弥ッ!」
いつのまに移動したのかエアロは右横に現れ、脚を横に大きく動かした。
それを避けきれず腹部に蹴りが決まった龍弥は、まるでサッカーボールのように勢い良く吹っ飛び、床に叩き付けられた。
辺りにブワッと砂埃が舞った。
「こンの・・・ッ!」
いつもは争いばかりしているがやはり彼にとっては大切な兄なのだろう。
怒気を孕んだ目でエアロを睨み付けたのは拓人だった。
しかし、彼より先に動いたのは紅銀だ。
いつのまにか擬人化を解き、狼の姿に戻った紅銀は鋭い爪が生えている手を振りかぶり、エアロに振り下ろした。
ズゥンと大きな音が響き、床が若干ミシリと音を立てる。
だが踏み潰したのはエアロではなく、彼の背後にあった小さなタンスだけらしい。
小さく舌打ちをして紅銀は後ろを向いた。
その瞬間。
「っ、ぐ・・・!」
体に無数の触手のようなものが絡みついた。
腕を、脚を、首を絞められ紅銀は思わず声を上げる。
「紅銀!」
舞姫が我慢ならない、といった風に駆け出す。
しかし拓人はその腕を掴んで引き寄せた。
肩を抱き、強く抱擁されて舞姫は拓人を不思議そうに見上げる。
その目には焦りの色も窺えた。
「何して・・・っ、拓人、離して!」
「ダメだよ」
「どうしてッ!」
「アイツは、兄ちゃんと紅銀を餌に君を誘き出そうとしてるんだ」
拓人が言った言葉に舞姫は目を見開く。
確かに先程紅銀と龍弥の元まで走っていようものなら、きっと捕まっていただろう。
だがそれで納得する彼女ではない。
舞姫が口を開こうとするが拓人が彼女の唇に人差し指で触れ、それを阻止する。
そして拓人が口を開いた。
「今僕と舞姉は、僕が張った結界の中にいるんだ。だからアイツもこっちが動くまで手を出せなかった。いや、正確には出さなかった、かな」
拓人は話しながらエアロに目を向けると、彼は型を竦めるという仕草を取った。
図星のようだ。
「あの本があればこの程度の結界、すぐに破れる。だけどそれをしないのは・・・あの本を使うにはそれなりのリスクがあるってことだ」
「リスク?」
「体に何か影響があるとか、寿命が縮まるとか・・・人それぞれだけどアイツにとって痛手なのは確かだよ」
「ふぅん。そこまで読んでたの?ただのガキかと思ったけど・・・違うみたいだね」
次の瞬間エアロは突然動き出す。
そしていとも簡単に舞姫と拓人を守っていた結界を蹴りで破ってしまった。
しかし拓人は知っていたとでもいうように舞姫を抱きかかえ、飛び上がった。
少し離れたところにスタンと降り立つ。
その場所で舞姫を床に降ろし、エアロへ視線を向けた。
「あーあ・・・・釣られちゃった訳か」
エアロがふぅと溜息を零す。
しかし彼の表情は余裕そのものだった。
「だけどね。ここはもう、俺の領域だ」
「ッ、しまっ・・・!」
ニヤリと笑ったエアロの足元に魔方陣のようなものが浮かび上がった。
次の瞬間、拓人が何かの衝撃によって吹き飛ばされ、壁に叩き付けられた。
背中を強く打ちつけたのか、服が破れ、破れた服の隙間から覗く肌は傷だらけだ。
ズ・・・と拓人は壁伝いに座り込み、動かなくなった。
「拓人ッ!」
これが魔力を持つ人間が成せる業なのだろうか。
一体何をしたのだろう。
「許さない・・・よくも、皆を・・・!」
「もう、そんなに怒らないで?女の子に手ぇ出す趣味は無いからさぁ」
へらりと笑ってみせるエアロに舞姫は刀をスラリと抜き、攻撃を仕掛けようと試みた。
しかし。
「まぁでも・・・拘束プレイも面白いかもね」
「っ、これ、は・・・?!」
エアロの言葉と同時に、紅銀に絡み付いているのと違う、紫色を帯びた触手が彼女を捕らえた。
手足を拘束され、まるで大きな蜘蛛の巣にでも引っ掛かったようだ。
ギリッと少しだけ触手の締め付ける力が強まる。
「っあ・・・!」
やがて触手は力を緩めないまま手足を引っ張り始めた。
「く、あぁあ!」
千切れてしまいそうな感覚に舞姫は唇を噛んだ。
やがて力が緩まり、吹っ飛びかけていた意識が一瞬で戻ってくる。
「はぁ、はぁっ・・・」
「折角だから教えてあげようか・・・君の過去」
エアロの口が怪しく弧を描いた。
「君だって、知りたいよね?」