はら、はらり。

ひら、ひら。



黒い夢に 翻弄される

身体は淡い風に流される



くるり、くる。

くる、くるり。




嗚呼、どうしよう


―――・・・前が見えない







第拾肆章「翻弄」




―――――――――――




「知りたく、ない」



舞姫はエアロの言葉にふるふると首を振った。

予想外の反応にエアロは一瞬だけ目を見開いてから、少しだけ口角を上げた。
その笑みは新しい玩具を見つけた子供のようだ。



「へぇ・・・どうして?」

「今は知らなくていい。そう思ったから」



頑なに首を振る舞姫。
エアロはそんな彼女の顎を掴みクイッと上を向かせる。



「興味深いね・・・。普通はそーゆーの知りたいと思うモンじゃないの?」



互いの息が掛かる程に接近され舞姫は一瞬だけたじろぐが、負けじと相手の目を睨み付けた。
視線がぶつかり合い、数分の沈黙が辺りを包む。

その時、意識を取り戻した龍弥が二人の様子を見て息を飲む音が聞こえた。
身動きの取れないであろう舞姫を助けに行きたいが、指を動かしただけで体中に激痛が走る。
龍弥はもどかしさに、小さく「チッ」と舌打ちを零した。


そんな龍弥に気付いているのかいないのか、二人は沈黙を続ける。

やがて口を開いたのは舞姫だった。



「自分の過去を、知ったら・・・きっと、自分が自分じゃなくなる」

「・・・」

「今までの思い出が、消え去ってしまいそうで・・・怖い」



その声は弱々しく、震えていた。
押さえられているため俯く事は出来なかったが、瞳は軽く潤み、どこか揺れている。



「君の口からそんな言葉が発せられるとはね」



舞姫の言葉から数秒後、エアロは再び可笑しそうに「ははっ」と笑いを零した。
それから親指で彼女の唇を撫でる。



「・・・ッ」

「オレが知ってる"女神"は、弱音を吐かなかった・・・でもま、こっちのが人間味があって好きかも」

「さっきから何ワケのわからないこと言ってやがる・・・俺はお前とは初対面・・・」



そこで舞姫の言葉は途切れた。


どくん。どくん。

突然辺りに心臓の音が響く。
生命ある者ならば誰もが耳に出来る音。

その音は徐々にスピードを上げていった。

どくん、ドクン・・・ドクンドクン。



「ッ、く・・・あぁ・・・!」

「舞?・・・舞ッ!」



苦しそうに呻き声を上げる舞姫を見、龍弥は体中の痛みに耐えるように叫んだ。

そして次にキッとエアロを睨みつける。



「てめぇ、何しやがった?!」

「酷いなぁ・・・オレは何もしてないよ」



エアロは肩を竦めるという仕草をしながらニコリと微笑んだ。



「まぁキッカケ作ったのはオレっぽいけど」



彼は優しく舞姫の頬を両手で包み込むと、彼女の額にコツンと自分の額を当てる。
すると舞姫の荒かった息は静かになり、心臓の音もいつのまにか止んだ。

紫色の彼女の瞳が一瞬だけ見開かれ・・・やがて閉じた。
それから規則正しい寝息が彼女から聞こえ始める。
どうやら強制的に眠らせたようだ。



「ふぅ・・・これで大丈夫かな」



エアロが一安心、と呟いた瞬間。



「まだ、終わってねぇよ?」



辺りに響いた低い声。

声のほうを見ると、眠ったはずの舞姫が立っていた。
しかし先ほどの声は少女である彼女から発せられるような声ではない。



「よくも俺のご主人で好き勝手遊んでくれたね・・・・・覚悟しなよ」



ゆっくりと瞳が開かれる。

その目は灰色だった。



「お嬢は俺のモノだ」



彼・・・白露の声が妙に静かになった廊下に響いた。





―――――――――



「へぇ。君が噂の、獣ってヤツ?」



エアロは舞姫を・・・正しくは彼女の中に居る白露を物珍しそうに見つめた。



「さぁ・・・どうだかね?アンタに教えてやる義理は無いよ」



舞姫が傷つけられたことが余程気に入らなかったのか、白露はエアロに素っ気無い態度を見せる。
彼の灰色の瞳には殺気すら含まれているように見えた。



「ともかく、アンタ等がいるとお嬢が危険に晒されるのは確実みたいだし・・・ここで消しておこうか」

「ふふっ・・・面白いことを言うね、君は」



次の瞬間、エアロの口が妖しく弧を描いた。



「君に、オレを殺せると思う?」

「やらないよりはマシでしょ」



少し遠くで見ていた龍弥でさえも若干の恐怖を覚えてしまう程歪んだ笑みを浮かべるエアロに、白露は物怖じする様子も無くニヤリと笑って見せた。



「けど・・・お嬢の身体にこれ以上負担掛ける訳にも行かないからね。少しだけ選手交代としようか」



笑みを絶やさぬまま白露は後ろに大きく跳躍し、龍弥の近くにストンと降り立った。
白露の突然の行動に龍弥は目を丸くする。



「ライバルに頼むのは不本意だけど・・・お嬢のコト、ちゃんと守ってよ?」

「はぁ?!意味わかんね・・・ッ」



龍弥がちゃんと説明しろ、と言い掛けた途端。

舞姫の身体がふらりと揺れて後ろに倒れた。
咄嗟に龍弥は彼女を抱きとめる。

割れ物を扱うかのような優しい手つきで舞姫を抱きしめる龍弥の視界に、白髪でくせっ毛の青年が映った。

青年・・・白露は顔だけ龍弥に振り向いて見せる。



「お嬢のこと・・・ちゃーんと守れなかったら、わかってるよね?」

「好きな女一人守れないでどーすんだよ。・・・・任せとけ」




白露の言葉に、龍弥は一瞬だけ口を尖らせたが次の瞬間ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

そんな彼に白露もニコリと爽やかな笑みを見せ、次に疲れきって寝入っている舞姫の髪を梳くように撫で、呟いた。



「待っててね、お嬢」



さらり、と橙色の髪が白露の手を落ち、彼女の頬に掛かった。



「少しだけ・・・・暴れてくるよ






next next

inserted by FC2 system