獣は宙を舞う。


地を蹴り、空を裂き、弧を描く。




その背に在るモノは


救世の主か

悲の奴隷か




彼が走る理由は――




―――どこにあるのだろうか。






第拾伍章「乱戦」


――――――――――――



白露はエアロと対峙するとニコリと笑って見せた。
それに対抗するかのようにエアロも同じように笑ってみせる。

傍からみれば爽やかな風景かも知れないが、二人は笑顔のまま絶えず殺気を放ちあっている。
殺気を感じ取れる人間からすればこの上ない恐怖に立ち会っている気分にさえなる。



「ふふ、ご主人の為に吼えるか・・・・。随分忠実なワンちゃんだね」

「ほざけ」



エアロの言葉に白露は若干怒りを露にし、彼の顔からは笑顔が消えた。



「その"ワンちゃん"が怒ると怖いってコト、思い知らせてやるよ」



その言葉と同時に、白露の白い髪がふわりと靡いた。
しかし風が吹いたわけでは無い。

彼が手を上に翳すとそこに小さな竜巻ができ、更にその竜巻は段々と鋭利な刃物の形状に変わっていった。

やがて風が止み・・・・・白露の手には銀色の刀が握られていた。



「・・・へぇ、面白いね」

「でしょ?これで君を裂いたら・・・もっと、ね」



白露がダッと床を蹴り、エアロに突っ込んでいく。
そのまま少しだけ跳躍すると刀を大きく振りかぶり、縦に振り下ろした。

しかし刃はエアロに届くことは無く、彼が張った結界によって防がれる。


白露は一瞬だけ顔をしかめるがすぐに表情を戻し、今度は刀を横に薙いだ。
すると結界は硝子が割れるような音を立てながら壊れ、刀はビュッと音を立て、エアロの髪を少しだけ切った。



「お・・・っと、危ないなぁ」



身を切ることは出来なかったらしく白露はチッと舌打ちをする。

一方エアロは後ろに飛び退いた後、少しだけ切れた髪を弄りながら「あーあ」と呟いた。



「身だしなみには気を付けてるのに・・・台無しじゃん」

「俺がお色直ししてあげるよ。君の身体から染み出る紅色で、ね」

「遠慮しとくよ・・・人に髪とかイジられるの、嫌いなんだよねオレ」



白露がもう一度刀を薙ぐ。
エアロはそれをしゃがんで避ける。

そのままエアロは白露に足を掛けて転ばせた。



「・・・っく」

「じゃあ逆に・・・オレがお化粧してあげようか」



エアロはニコリと笑みを浮かべ、手を横に伸ばした。
すると彼の手に透き通った紫色の細長い硝子のような物が現れた。
それを顔の横に構え、エアロは笑う。



「獣の血は・・・赤いのかな?」



構えた手を振り下ろす。



―――ドスッ



鈍い音が聞こえた。






「・・・・何処狙ってんだよ」



しかしエアロが刺したのは狙ったはずの胸部ではなく、赤い絨毯が敷かれた床だった。



「俺は、」



白露が倒れた状態で刀を構える。



「此処だ」



―――ザシュッ・・・



肉を裂く音が聞こえた。





――――――――――――






「・・・ッ」




エアロが右肩を手で押さえ、後ずさった。
若干息遣いも荒い。

そんな彼の手は赤く染まっていた。



「初めてだよ・・・オレに血を出させたヤツは・・・」



白露は立ち上がり服に付いた埃をポンポンと手で叩いて落とすと、もう一度刀を構えた。



「あの距離で避けるとは思わなかったよ。でも、次は・・・・・・息の根を止める」

「・・・残念だけど、それはさせない。まだオレには目的があるんでね」



エアロはふっと微笑んで見せる。

すると彼を眩い光が包み込み、辺りにはビュオ・・・と風が吹き始めた。



「てめぇ・・・待ちやがれッ!」



白露が刀を振りかぶるが、刀が貫いたのはエアロの身体ではなく、後ろにあった壁だった。



――ふふ、また来るよ・・・



声が響くも辺りにエアロの姿は無く、先程裂いた彼の来ていた服の切れ端が落ちているだけだった。



「・・・もう来んじゃねぇよ」



白露は小さく呟き、刀を手から離した。
すると刀は一陣の風になり、どこかへ流れていった。

それから彼は疲れきったかのように床に座り込む。



「白露」

「ん、お嬢・・・起きてたんだ」



龍弥に抱きかかえられたままの舞姫が、白露に不安げな顔を向けていた。

そんな彼女の表情を見た白露はふっと小さく微笑むとゆっくりとした動作で立ち上がり、彼女の近くまで歩く。

舞姫は相変わらず不安げな表情のまま白露を見つめた。



「ンな顔しないで、お嬢。大丈夫、怪我なんかしてないよ」

「まだ何も、言ってない・・・よ」

「顔に書いてある」



白露はそんな舞姫を安心させるかのように微笑んでみせる。



「・・・・しないで」

「え?」

「無理は、しないで」



舞姫は若干潤んだ瞳で白露を見上げた。
不意打ちに白露は少しだけ頬を赤く染める。

そんな彼の心情を知ってか知らずか舞姫は白露の胸に飛び込み、服を握り締めた。



「お嬢・・・」

「皆が傷つくのは・・・・嫌・・・」



白露は舞姫の背に手を回し、ぎゅうっと抱き締めた。



「うん、ごめんね・・・お嬢」



小さな泣き声が、辺りに響いた。





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