"ごめんなさい"


何度も呟いた




ごめんなさい、ごめんなさい




声は

届かないまま

消えていった






第拾陸章「謝罪」


―――――――――――




「ごめんな、舞」

「え・・・?」

「守ってやれなかった」



龍弥はベッドに横になりながら、その脇の椅子に座る舞姫に言った。

彼女は旅館で借りたタオルを握った状態で龍弥を見つめる。
その表情は悲しそうに歪んでいた。



「龍弥は・・・悪くない。俺が役立たずだっただけだよ」



タオルを絞ると水が溢れ出し、洗面器の水を揺らした。



「紅銀も、拓人も・・・白露まで、傷付いた」




絞ったタオルを、深く傷が付いてしまった龍弥の腕に乗せ、舞姫は膝の上で手を組んだ。
手をぎゅっと強く握り締めると彼女の表情は更に歪む。



「俺が、弱いから」



瞳が若干潤み、ついに舞姫は俯いてしまった。
そんな彼女に龍弥はどう声を掛けるべきかわからなくなってしまう。

そんな彼の心情を知ってか知らずか舞姫は無理にニコリと微笑み、



「皆の様子、見てくるね」



部屋を出て行った。



「舞・・・」



―――――――――――



カツ、コツ・・・


自分の靴の音だけが廊下に響き、舞姫は若干寂しさを覚えた。
その時、後ろの方から足音が聞こえて振り返る。

そこに立っていたのは宿屋の女将だった。



「おや、お嬢ちゃん。傷はもういいのかい?」

「女将さん・・・」



エアロが去った後、騒ぎの音を聞き、何事かと女将が駆けつけてきた。
その時には舞姫たちはボロボロの状態で皆ぐったりしていて、それを見た女将は理由も聞かず部屋を無償で貸してくれたのだ。
しかもそれだけではなく、彼女達の応急処置までしてくれた。



「俺は特に激しい外傷は無かったので。でも、皆は・・・」

「そうかい・・・。まぁ傷が癒えるまでゆっくりしていきな」



悲しそうに俯いた舞姫に女将は優しく微笑んで見せた。
そんな女将に舞姫も少しだが笑みを浮かべる。



「すみません・・・有難う御座います」

「いいんだよ、お礼なんて。部屋なんていくらでもあるんだから」



それから舞姫は「皆の様子を見てきます」といい、歩き出した。
心成しか彼女の足取りは重い。



「お嬢ちゃん」

「・・・?」



名前を呼ばれ、振り返る舞姫。

女将は彼女に向けてニッコリと笑った。



「泣きたいときは言いな。抱き締めてあげるさ」



舞姫はもう一度感謝の言葉を零すと、今度こそ歩いていった。





――――――――――



「僕は大丈夫。もう傷も塞がったしね。・・・舞姉こそ、大丈夫?」



拓人は包帯が何重にも巻かれた肩を撫でながら言った。



「あぁ。奴にもともと殺すつもりは無かったらしい」

「・・・・・・生け捕り、か」



拓人が深く考え込む。

その時、隣のベッドで横になっていた紅銀が目を覚ましたらしくゆっくりと体を起こした。
それを見た舞姫は彼に優しく声を掛ける。



「紅銀・・・傷はどうだ?」

「大丈夫だ。内臓も潰れてはいなかった」



そう言いにこりと微笑んだ彼の首には締め付けられたであろう跡がくっきりと残っていた。
首だけではない。
腕にも、腰にも、足首にも跡がついている。



「そっか、良かった」

「"良かった"じゃないよ・・・お嬢、かなり無理してるくせに」

「っ?!」



にこりと微笑んだ舞姫の背後に突然白露が現れ、彼女を背後からぎゅっと抱き締めた。
突然の白露の行動と、その言葉に不意を突かれた舞姫は目を見開く。



「アイツに捕まった時、微弱だけど毒を盛られた・・・・そうでしょ?」

「・・・・・気付いてたのか」

「当たり前じゃん。俺は君の中にいるんだよ?」



舞姫は図星を突かれて若干悔しそうな表情を浮かべた。
そんな彼女に向け、白露はしてやったりと笑みを浮かべて見せる。



「毒といっても麻痺程度のものだろうけど・・・死にはしないとはいえ、無理は禁物だよ」

「舞姉・・・」



白露の言葉に、拓人と紅銀は不安げな目を舞姫に向ける。
一方舞姫は白露の腕を振りほどくと、その視線から逃れるように俯き、手をぎゅっと握り締めた。



「何で、黙ってたの?」



拓人が静かに尋ねる。
聞かなくても彼女が告げるであろう理由は何となくわかるが、本人から聞かないと納得がいかない。
勿論それは紅銀と白露も一緒だった。



「・・・言うわけ、ないだろ」



ぽつりと舞姫が呟く。



「皆の方が深い傷負ってるのに・・・俺に、寝てろっていうのか」



その時、ドアの方角から足音が聞こえ、全員の視線がそこに集まった。
そこに立っていたのは龍弥だった。



「全く・・・やっぱりかよ」

「龍、弥?」



ふぅ、とため息を零しながら龍弥は腕を組んだ。
そんな彼に舞姫は大丈夫なのか、と問いかけたくなるがそれよりも龍弥が発した言葉の意味が理解できず首を傾げた。



「舞・・・お前、今朝俺の部屋の前で苦しそうに蹲ってただろ?」

「ッ!!」



舞姫は困惑していた。

そこまで、気付かれていたなんて・・・。
彼女の表情はそう言っていた。



「今日は珍しく早く目が覚めてな。ついでに感覚が冴えてたから、小さい物音とお前の声・・・普通に聞こえたぜ」



ゆっくりとした足取りで龍弥は舞姫に近付く。



「俺達は・・・お前が、大切なんだ」



俯いていた顔を上げて、舞姫は龍弥を真正面から見つめる。
彼女の瞳からは驚きが見て取れた。



「死んでやるつもりは毛頭ないけど・・・もし、もしもお前を守って死んだなら、本望だ」



悔いは無い。

そう言った龍弥に舞姫は反論しようと立ち上がる。
だが次の瞬間、身体がぐんっと前のめりになり、気がつくと龍弥に抱き締められていた。

耳元で優しい息遣いが聞こえ、抵抗も出来ずにただされるがままになる。



「お前が思ってるのと同じだ。"無理はしないで"欲しい」



すると舞姫の頭には昨日白露に言った言葉がフラッシュバックする。





「・・・しないで」

「え?」

「無理は、しないで」





「お前が傷付くのなんて、見たくないんだ」





「皆が傷つくのは・・・・嫌・・・」





「もっと、自分を大切にしてくれ」



舞姫は龍弥の服をぎゅっと握り締めた。





「・・・ごめん、なさい」




彼女の震えた声が、言葉を紡いだ。




「ありがとう」





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