俺は夜中に目を覚ました。
というかいきなりチカチカと発光しながら音楽を鳴らし始めた携帯電話に起こされたのだ。
――せっかく気持ちよく寝てたのに。
若干苛立ちを覚えながら携帯をパカリと開く。
ディスプレイには"雅也"の文字があった。
更に激しく怒りが沸いて来るのを何とか押さえ込み、ちらりと画面の隅にある時計を見やる。
「2時15分ッ?!」
想定外の時間だったため思わず声を上げる。
するとセドナが『ん・・・』と声を漏らし、身を捩らせた。
起こしてしまっただろうか。
しかし彼は一度だけ寝返りをうち、再び規則正しい寝息をたて始めた。
ふう、と安堵の溜息を零し、通話ボタンを押す。
「ンだテメェコラ、こんな朝早くからよぉ・・・内容によっちゃぶっ飛ばすぞ」
出来るだけ小さな声で俺は携帯の向こうにいるであろう雅也に喋りかけた。
すると雅也は悪いと一言謝り、申し訳無さそうに話を切り出した。
[それがよ・・・俺、今日のテスト全然勉強してなくてさ・・・]
「は?テスト?」
朝方だというのに妙に元気そうな雅也。
そんな彼の言葉に俺は首をかしげた。
テスト?そんな話聞いてな・・・ん?
そういえば担任のヤローがそんなこと言ってたような気がする。
すっかり忘れていた。
「面倒臭ぇ・・・俺も勉強してねぇよ」
[オメーはいいよな、頭いいもんな。だけど俺はバカなんだよぅ!]
「うっせぇ黙れ寝かせろイライラする」
[えー、教えてくれよぉ]
「ギリギリまで放っといたオメーのせいだろ。自分で何とかしろ」
吐き捨てて、俺はぷるりと電話を切った。
雅也の抗議の声が聞こえたが、どうでもいい。
二度と電話してこれないようにケータイの電源を落し、ベッドに転がった。
勢いよく倒れたせいか、ベッドがギシリと音をたてた。
セドナが反動で一瞬ふわりと浮いたが、それでも彼が起きる様子は無い。
・・・・てか、何で起きない?
俺はセドナから目を逸らし、頭をガシガシと掻いた。
相変わらず酷い寝癖だ。
そういえば服も制服のままなのを忘れていた。
そもそも何故俺が制服のまま寝ているかというと・・・・・まぁ簡単なことだが・・・。
昨日学校の帰りに起こった事件(とりあえずは怪物事件と称すとしよう)の後、俺はセドナと共にすぐ家に帰った。
相当な疲労が溜まっていたのか、帰り着いたと同時にベッドへとダイヴし、そのまま寝てしまったのだ。
勿論、セドナも一緒に。
まぁそんなこんなで朝までぐっすり寝ていようと決意し、眠りに就いたと言うのに。
雅也のせいで台無しだ。
とりあえず机の椅子にかけてあるパジャマ(というかジャージ)に着替え、体をグッと伸ばした。
制服は洗濯しなければ。
今から洗っても間に合わないだろうから、今日はスペアの方を着ていこう。
俺は脱いだ制服を持ち、辺りを見渡した。
目が慣れてきて、何とか周りが見えるようになった。
二度寝しないのかと思われるかもしれない。
眠くないといったら嘘になるが、残念ながら俺は二度寝が出来ない体質を持っているのだ。
眠いのに寝られないなんて、殆ど拷問に近い。
ハァと今日2回目の溜息を零してからふとセドナを見ると、彼は無防備に腹を出して寝ていた。
「・・・・マヌケ面」
ふっと笑みがこぼれた。
手を伸ばしてセドナの頭をなでると、彼は気持ち良さそうに笑みを零した。
その様子に満足げに笑い、俺はベッドを降りた。
制服を洗濯機に放り込んでから星でも眺めていよう。
ボーっとしているよりも気が紛れるだろう。
とんとんとん、となるべく音を立てないように階段を降りて、洗面所にある洗濯カゴに制服を放り込む。
洗剤を突っ込んでスタートボタンを押すと、独りでに洗濯機が回り始めた。
あとは放っておけば朝登校するまでには干せるだろう。
もう一度階段を上って、ベランダへ向かう。
カラカラ、と音をたててベランダに出られる窓を開け放つ。
さぁて外へ出ようと一歩踏み出した。途端。
『死ねクソ人間ーッ!!』
「がっふぁああぁあッ?!」
突然聞き覚えが無い声と同時に、グサッという不吉な音が聞こえた。
更には額に何かが刺さっているという感覚に囚われる。
いや、実際に刺さっているのだろうけど。
そんな呑気なことを考えていた次の瞬間には目の前が真っ赤に染まった。
額に突き刺さっているであろう"それ"を掴み、引き抜く。
俺に突っ込んできたのは黒い羽を持ったカラスだった。
――――――――――
『ゴメンゴメン、間違っちゃった、アハッ☆』
「よーしセドナ今日の飯は焼き鳥な」
『うわぁ、ごめん!すいません、ごめんなさい!』
溜息を零し、平謝りするカラスを見つめた。
最初こそ彼も俺も言葉が通じることに驚いたが・・・・慣れって怖い。
テレパシーとかそういう類のものではなく、パクパクと口を動かす彼は本当に喋っているようだ。
「ところで、何でお前喋れるんだ?」
『はぁ?オレはふつーに喋ってるだけだぜぇ?オメーがオレの声聞こえてんじゃねーの?』
こてんと小首を傾げたカラスを見て、俺はセドナと顔を見合わせる。
ちなみに隣に座っているセドナは先程起きたばかりだ。
俺の悲鳴を聞いて飛び起きたらしい。
二度寝せずに、心配して走ってきてくれたセドナを見たときは抱き締めたくなった。
・・・・とまぁそれは置いておこう。
『マスター・・・もしかしたら、彼も僕と同じ種族なのかもしれません』
「同じ、種族?」
『はい。自分の選んだ人間に力を分け与えることの出来る・・・』
俺は未だ首を傾げたままのカラスを見つめた。
するとカラスは表情を変えずに俺を見返してきた。
『ンだよ、オレの顔に何かついてるかぁ?』
小ばかにしているようなカラスの口調に少しイラついたが、今は喧嘩をしている場合じゃないと自分に言い聞かせ、なんとか平常心を保つ。
まずはコイツが何者なのか、どうしてセドナと同じように喋るのか、本当にセドナと同じ能力を持っているのか探るとしよう。
まぁ探るといっても、単刀直入に質問攻めにするつもりだが。
「お前は何処から来たんだ?」
『その辺から』
どこだよ。
どうやらコイツは俺と真面目に話すつもりは無いらしい。
だがセドナと同じように言葉が理解できてしまう以上、無関係でないのは確かだろう。
「昔話とかそーいうのがあれば、何となくは理解できるんだけどな・・・」
まだわからない所が多すぎて、正直な話不安で仕方ないのだ。
どうしてあんなところから異世界へいけるのか。
そもそも何故セドナやこのカラスの言葉がわかってしまうのか。
疑問を並べているとキリが無い。
「とりあえず今日学校に行った時図書室で調べてみる。大分古い本も置いてあるし、もしかしたら資料もあるかもしれねぇ」
『そうですね。調べてみるのが1番手っ取り早いでしょう』
昼休みだと人が多いからセドナが入って来れない・・・・じゃあ放課後にしよう。
職員室にでも殴りこんで、鍵をぶん取ってくればいい。
『なぁなぁ!その"ガッコウ"っての、俺も連れてってくれよ!』
「ほぁ?ンだオメー・・・興味あんのか?」
『"ガッコウ"ってアレだろ?人間のガキが行くトコだろ?一回行って見たかったんだ!』
目を輝かせて、連れて行けとせがむカラス。
俺は少しだけ躊躇するがふぅと今日何回目か解らない溜息を零す。
・・・まぁセドナは良くて、こいつは駄目というのはあまりに理不尽か。
どうせ今日は一時限目からテストな為、授業は早く終わる。
「しゃーねぇな・・・」
『ひゃっほう!やったぜぃ!』
「ただし!授業終わってからだぞ!あと、セドナから離れないこと!」
『了解だぜ!』
先程まで俺を警戒していたというのに。
最初は扱うのが面倒だと思ったが、実は案外単純なのかもしれない。
無知な所もそれなりに可愛い。
俺は嬉しそうにバサバサと部屋を飛び回るカラスを見上げた。
「ってオイコラ!部屋の中で飛ぶな!羽が舞うだろ?!降りて来いコルァアァアァ!!」
『マスター落ち着いてください近所迷惑です』
もしかしたら近いうちにまた一人・・・・。
家族が増えそうだ。