キーンコーンカーンコーン・・・


チャイムが鳴り響いた。
あまりに平凡すぎて面白くないと思われるかもしれない。

だがしかし、チャイムの代わりにクラシック音楽など聞こえてこようものなら外でワイワイと遊んでいた男子生徒数名が時間に遅れないよう一生懸命ダッシュしている最中にみんな仲良くずっこけることだろう。
と、それはとりあえず置いておく。

さて・・・朝の出来事を見ていた人はわかるだろうが、今日は一時間目からテストだ。

とりあえずセドナとカラスは学校内にある図書室の窓から見える大きな木のところにいるように伝えた。
どうせならテストが終わるであろう時間帯に呼び出したかったのだが、どうしても朝からついてくるというので仕方なく登校時は(流石に肩に乗せてくるのは怪しがられるので少し離れて)一緒に学校へ来た。



「まぁ〜きぃ〜・・・」

「うわっ!お前どーしたその顔、目ぇ死んでんぞ?」

「ベンキョーがぁ・・・わっかんねぇよぉおぉおぉ・・・・!」

「引っ付くな!気持ち悪ィ!」



頭の良さには自信がある。
調子乗って余裕カマしてた俺の元に、雅也が酷い顔(そりゃもう言葉で説明できないくらい)でやってきた。
どうやら登校時間ギリギリまで勉強していたらしい。

今クラスの生徒たちは普通に立って歩いたり雑談しているが、実のところ今はもう制限時間ギリギリで、到着があと1分遅れようものなら校門の前で待ち構えている生活指導の先生に捕まっていただろう。
雅也は持ち前の運動神経のよさで何とか見つからずに登校できたらしい。

「わっかんねぇよぉおぉ」といつまでも嘆く雅也を見つめる。
コイツはバカか。
第一、自分がバカだと理解したうえテストの日時も覚えていたのに勉強もしなかった本人が悪い。

そういえば、と俺は口を開く。



「お前兄貴いたよな?教えてもらえばよかったじゃん」

「あぁ、兄貴は今日も仕事でさぁ・・・昨日も遅く帰ってきたからどうしても起こせなくて」

「ふーん・・・まぁせめて前日かそのくらいに聞いてくれば教えてやったのに」

「ンだから昨日聞きたくて一緒に帰らないかって聞いたのに、お前さっさと一人で帰っちまうからよぉ」



雅也が恨めしそうな顔で俺を見る。
俺はふいと同じタイミングで視線を逸らした。

別に俺、悪くないもんね!
俺はお前なんかよりもスキャンダラスな事件に遭遇してたんだもんね!
怪物と戦ったんだもんね!

・・・・・なんて言い訳が出来る訳はなく、俺は逸らした視線の先にいた和樹に声を掛けた。
和樹はいつもと同じ爽やかな笑顔でこっちの会話に混ざった。



「よう、真希。お前は今日のテスト、余裕か?」

「さぁな。けど、ベンキョしてねぇから怪しいかも」

「お前なら大丈夫だって」

「俺なんかよりもお前は自分のこと気にしろよ。オメーもやりゃあできるんだから、たまにゃ本気出してみろや」

「ははっ・・・気が向いたらな」

「イヤだもう、天才たちの会話ぁあぁアァアァア!!」



和樹と俺が談笑していると、近くでそれを聞いていた雅也が絶叫し始めた。

先ほどの会話からわかるように、俺は成績だけは常にトップクラスだ。
自慢じゃない。あ、いやちょっとだけ自慢。フフン。

ちなみにいつも和樹は普段60点ちょい上を狙っている。
だが彼も実はやる気を出せば全教科80点なんて余裕なのだ。
それだけの実力を持っているのに本気を出さないのかと聞いてみたところ、テストの点数が常に高いとそれにばかり執着して大好きなスポーツができなくなるから、とのこと。
和樹が本当にスポーツバカなのだと確信した瞬間だった。


その時ガラリと教室のドアが豪快に開き、前髪を真ん中わけにしたワカメヘアー(わかり辛いだろうがそれ以外の表現方法が見つからなかった)の男が顔を出した。
男は同じクラスでないのにも関わらず、ズンズンと俺たちの教室へ足を踏み入れ、俺の前でピタリと動きを止める。
身長差からして、上から見下されているような感覚にさえ囚われる。

しかしこの程度で怖気づく俺ではない。
挑戦的な視線に負けないように俺も下から睨み付ける。
・・・・・ってか、この人誰だっけ?

教室内がザワつく。
四方八方から「生徒会長だ」「生徒会長だわ」とか会話が聞こえ・・・ん、あれ?
あぁ、思い出した。
こいつは生徒会長の・・・・山田?山田君だったっけ?



「今度は負けないぞ」



俺との沈黙を打ち破ったのは山田君(仮)だった。
今度は負けない?何のことだ?
だが至って真面目な顔をして話す彼を見てると何のことだと聞くのは少し失礼な気がする。

どう答えていいかわからずひたすら睨み付けることしかできない俺。
そんな俺に山田君(仮)はニヤリと不敵な笑みを残し、入ってきた時と同じようにズンズンと教室を出て行った。
生徒会長とは思えないほど逞しい歩き方。
フツー生徒会長ってもっと優雅に歩くモンじゃねーの?

やがてピシャリと教室のドアが閉まった。
途端ザワつきは大きくなる。



「すげぇ・・・生徒会長に真っ向から勝負挑まれてんの初めて見たぜ」

「がんばれよ、真希!」



なんだか物凄い期待の眼差しを向けられて、俺は首をかしげる。
そんなにすごいことなのだろうか。

っつーかよく考えたら今の先輩だよな、生徒会長だもんな。
思いっきり睨んじゃったよ。
まぁ見た感じ喧嘩は強そうに見えなかったけど。



「・・・・なぁ、今の・・・なんて人だったっけ?」

「おっまえ随分余裕だな・・・憎らしいぜ」



近くにいた雅也にふと問いかけると軽く睨まれた。
むぅ・・・何だってんだ、仕方ねぇじゃん忘れちまったんだからよ。

すると雅也に代わって和樹が説明し始めた。



「生徒会長の山下だ。覚えてねーのか?お前一年のときにも喧嘩売られただろ」

「あ、あー?ダメだ全く覚えてねぇや」



山田君(仮)じゃなくて、山下君だった。
ごめんね山田君改め山下君。
あ、バカにしてるわけじゃなくてね、何かこう丁寧に言った方がいいと思ってねそれでね(以下略)


っつーか、よく考えたら昔の記憶で鮮明に残っている出来事なんて、中一ンときに雅也の家で猫触ったときくらいだよな。
他はさっぱり真っ白だ。
自分に都合良いことしか覚えてないのな。
そういや・・・・元気かな、あのニャンコ。

なんて可愛かったニャンコに思いを馳せていると、雅也がぼそりと何かをつぶやいた。
小さすぎて聞こえなかったため「んぁ?」と(興味なさげに)聞き返すと、雅也は一度ため息をこぼしてもう一度口を開いた。



「お前は罪なヤツだなって言ったんだよ」

「そうかぁ?ハッキリいうと、成績とか頭の良さしか頭にねぇ奴なんざ興味ねぇし、どうでもいいかな」

「んだから、そーゆートコが罪なんだって」



まぁいわゆる俺は生徒会長に喧嘩を売られた訳で・・・勿論拳を交えあうような血みどろな内容ではないが。
テストの点数で、だよな?だって今日テストだもんな。

別に負けても悔しくもなんともないけど、宣戦布告されて黙ってるのも面白くないな。

その時先ほどとは違いゆっくりとドアが開き・・・担任の先生が姿を現した。
「ほらお前ら座れー」そんな声に立ち歩いていた生徒たちはノロノロとスローペースで自分の席に着いていく。



「それじゃあテスト始めるぞ」



・・・・・・生徒会長、お前の喧嘩・・・。

買ってやってもいいぜ。



――――――――――



俺はテストに全力を注いだ。
脳内をフル回転させて、白い解答用紙にシャーペンを走らせる。
別格勝ちたい訳ではないが・・・・相手が誠意を持ってわざわざ宣戦布告してきたんだ。
乗ってやらないのも少し酷だと思ったからだ。

おかげでいつも使わない神経まで使ってしまったような気がして、テストのあとはぐったりだった。



「はぁ・・・疲れた」



この体力で資料探しなんてできるだろうか。
なんだか図書室にずらりと並ぶ大量の本を見ただけでぶっ倒れてしまいそうな気さえする。
というか想像するだけで少し吐き気がした。



「よう、テストどーだった?」

「あー・・・まぁまぁかな。あとは結果を待つだけさ。雅也は?」

「俺は全然ダメ。半分寝てたわ」



雅也も別の意味で死にそうだったらしい。
そして和樹はというと・・・。



「あ、俺?・・・まぁフツーかな」



こいつの反応もいつもどおりだ。
笑顔のため、やはり内心は読み取れない。
まぁ実際、裏表ないから読み取る必要もないんだけど。



「んじゃあよ、テスト終了を記念して皆で帰りにゲーセン寄っていかね?思いっきり遊ぼうぜ」

「あー、悪ィ。俺ちょっと図書室行かなきゃないからさ、二人で行ってくれ」

「ンだよ勉強か?んなモン今度でいいじゃねぇか」

「ちげーよ。わざわざテストの後にそんな面倒なコトすると思うか?・・・調べモンだよ」



すると雅也が少しだけ唇を尖らせた。
隣の和樹も少し残念そうな顔をしている。



「お前最近ノリ悪いよなぁ」

「ごめんってば」



不服そうな雅也に、俺は肩を竦めて見せる。
俺だって別に遊びたくない訳じゃないし、正直なところ遊びたいという気持ちのほうが大きい。

だがここ2,3日は忙しすぎたのだ。

登校中に喋る猫を拾い、ガラスに吸い込まれ、怪物と戦い、やっと帰って来れたと思ったらカラスがペットに加わり・・・。

非日常。
そんな風に思われるような2,3日だったが、夢とか幻なんかじゃない・・・現実だ。
だがやはり現実離れした出来事ばかりで、調べなければいけない事や理解しなければいけない事は山ほどある。



「今度なんか奢れよぉ」

「え、ヤだよ」

「おっまえ・・・・!」

「はははは。ま、気が向いたらな」



カラカラと笑って教室を出た。


ごめん、二人とも。
落ち着いたら一緒に思いっきり遊ぼうな。

それまでもう少し・・・ほんの少しでいいから。
待っててくれ。


心の中で謝罪し、俺は夕焼けに染められた廊下を歩いた。





――――――――



職員室のドアを開ける。
適当に「しっつれーしやーす」と声を上げ、お目当ての先生を見つけ出す。

俺が話しかけたのは国語教師だ。
図書室を管理しているのはこの教師で、俺は椅子に腰掛けている教師に図書室の鍵を借りたいと申し出た。



「テストの後に勉強なんてするのか?」



鍵を手渡しながら国語教師が聞いてくる。
だからそんな大層なモンじゃねーって。



「ちげーッスよ。調べ物っス」

「そうか。最低7時には帰れよ?もしかしたら私は帰っているかも知れないから、鍵はここに戻しておいてくれ」



教師はそう言って机の横についている小物入れを指差す。
俺は彼の言葉にこくりと頷いてみせてから、少し早足で職員室を出た。

今日は全部活が休みなので、廊下はがらんとしていた。
人っ子一人居やしない・・・まぁ当たり前か。
今日はゲーセンやカラオケボックスがウチの学校の学生で賑わうかも知れないな。


こつこつ、と俺の足音だけが響く。

早く行って資料を探そう。
だけど探す前に少し休憩しようかな。
どうせまだ4時だし、少なくとも3時間は篭っていられる。


そのとき背中に突き刺さる視線を感じて俺はバッと振り返った。
しかし目に映った光景は夕日に照らされている長い廊下だけで、人がいた気配はない。



「・・・気味悪ィ」



俺は少しだけ歩くスピードを上げた。

相変わらず廊下には自分の足音だけが響いていた。





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