ガチャッ、ガチャ・・・・カチャリ



図書室のドアの鍵穴に鍵を差込み、まわす。

鍵が外れたであろう音が聞こえて俺はドアの取っ手に手を掛けた。
取っ手を握って右に回したまま引くと、ギィ・・・と古臭い音が鳴った。

ドアを自分が入れる程度開け、そこからスルリと中に足を踏み入れる。
俺はキョロキョロと図書室を見渡した。
この人気がない時間帯ならセドナたちを入れても大丈夫だろう。
だけど少し不安なので、ドアから見えないところに座ることにする。




「ふぅ、さて・・・・」



図書室の鍵をポケットに乱暴に突っ込み、どさりと一番奥のソファに座り込む。

あぁ・・・疲れた。
下手をすればこのまま寝てしまいそうだ。

その時、コンコンと窓のほうから小さな音が聞こえた。
音のした方へ目を向けると、黒猫とカラスが窓を突いていた。



『マスター!開けてください』

『とっとと開けろよー』



セドナとカラスだ。

俺はソファからよろよろと立ち上がり、窓に近づいた。
カチャリと鍵を開け、窓を少しだけ開け放つ。
すると、彼らはその隙間から器用に身体を捩じ込ませて中へ入ってきた。



『思ったより早かったですね』

『そうかぁ?オレは待ちくたびれたぜ』



窓から図書室へ侵入し、テーブルの上に乗るセドナを抱き上げ、カラスを肩に乗せる。
そして先ほど座ったのと同じソファにもう一度ボフッと音を立てて座り込んだ。

反動で二人(二匹?)が少しだけ浮く。



「はぁ・・・・」

『マスター?随分とお疲れのようですが・・・何かあったんですか?』

「ん、大丈夫だ。少し、疲れただけだよ」



心配そうに俺を見上げるセドナの頭を優しく撫でる。
すると肩に乗っていたカラスが少しだけバサリと羽ばたいた。



『そーいえばよぉ・・・何かしたい事があったんだろ?』

「あぁ。けど、少し休もうと思って」



俺はカラスの黒い羽を撫でながら答えた。
すると彼は少しだけ恥ずかしそうな表情を浮かべて一瞬だけ抵抗する素振りを見せたが、すぐに心地良さそうに目を閉じた。



「良く考えたら・・・お前に名前無いよな」

『名前?』

「うん、名前」



小首を傾げたカラスの言葉に頷く。

いつまでも"カラス"とか"お前"って呼ぶんじゃ少し可哀想だ。
本人はあまり気にしていないようだが、こっちの方がなんだかむず痒いし。



「そーだなぁ・・・」



どうせ時間はある。
この休憩時間内で考えてしまおう。



「暁鴉(ぎょうあ)、とかどうだ?」

『ぎょう、あ・・・?何か小難しい名前だなぁ』

「暁の鴉と書いて暁鴉。夕暮れで鳴いてる鴉を意味するんだ」

『ふぅん・・・・・まぁオレも夕焼けは嫌いじゃないけど』



カラスもとい暁鴉は少しだけ恥ずかしそうに身を捩じらせてから、俺の顔に頬を摺り寄せた。

その様子に俺は思わずフッと微笑む。



『マスター』

「ん・・・・・どした?」



右手にふわりとした感触。
セドナが俺の手に頬を摺り寄せていた。

どうしたのかと尋ねるがセドナは何も答えずにそのまま頬を摺り寄せる。



「ったく・・・・お前ら可愛すぎンだろ」



動物好きの俺にとっちゃ堪らない。
ましてや言葉がわかるとなるとまさにパラダイスと言ってもいいだろう。

頬と右手にふわふわした感触を感じながら、俺はそっと目を閉じた。


その時。



カチャリ・・・ギィ・・・

微かだが、ドアが開く音が聞こえた。


思わずビクリと肩が跳ね、セドナと暁鴉が俺を見上げる。
そんな彼らの口元に人差し指を持っていき、静かにしろ、と目で合図する。

二人が理解してくれたのかはわからないが状況は理解してくれたらしく、口を噤んだ。



カツ、コツ・・・カツ、


足音が響く。
これは先生のモノじゃない・・・と思う。
大人にしては動きが身軽だしどこか清潔っぽさがある。

女子生徒・・・だろうか。


とりあえずは不安げに辺りを見渡すセドナと暁鴉をどうにかしなければ。



「いいか、二人とも・・・俺が合図するまでさっきまで待ってたトコと同じ場所にいろ。わかったな?」



出来るだけ小さい声で二人に問いかける。

すると彼らはこくりと頷いた。



『はい、マスター』

『ッチ・・・わかったよ』



カラカラ、となるべく音を立てないように窓を開け、二匹を外に出す。
彼らの姿が見えなくなった瞬間、足音の主が姿を現した。



「おや?君だったのか」

「・・・・どーも」



少しだけ驚きで目を見開いた。
姿を現したのは予想外の人物だった。

俺の目の前には見ているだけでイラつくほどのドヤ顔をした・・・えっと、何だっけ。
とりあえず生徒会長がいた。

だが彼は朝見た時とは違い、何だか弱々しく見えた。
威勢は何処かへ吹っ飛んでいったのだろうか。



「テストの後に勉強するなんて・・・随分と頑張り屋のようだね」

「さぁ、どーッスかね」



憎まれ口を叩く生徒会長から目を逸らし、俺は窓に目を向けた。

空いた窓から風が入ってきた。
ふわりと髪が翻弄され、俺は片手で髪を押さえる。



「気持ちのいい風だね」



俺はその声を聞き、弾かれた様に振り向いた。
しかし視線の先にいる生徒会長は相変わらず挑発的な表情で俺を見ている。



「・・・何だい?」

「いえ、何でも」



少しだけ首を振り、視線を窓の外に戻す。
生徒会長が首をかしげた気配がする。


俺は思わず頭を抱えたくなった。

マジかよ・・・ッ


心の中で葛藤する。


―――何で・・・女の声に聞こえたんだ・・・




しかも先程風でふわりと翻弄された彼の髪がとても美しく見えた。
朝は気がつかなかったが、確かに中性的な顔立ちをしている。



「畜生・・・」

「?」



思わず呟いてしまった言葉は彼の耳にも届いたようで、疑問符が頭上に浮かんでいる。

別に惚れた、とか言う訳じゃない。
だが純粋に綺麗だと思ってしまった。


っくそ、相手は男なのに・・・!

おかしなことを考えてしまった自分が気持ち悪い。


ふと外を見ると真正面にある木の隙間からセドナと暁鴉がこちらを見ていた。
心なしか彼らの表情は不安げだ。

ダメだ、と心の中で自分に渇を入れ、生徒会長に向き直った。



「アンタこそ、何で図書室来たんスか?」

「あぁ、特に用は無いんだが」

「・・・暇つぶしスか」

「まぁそんな感じだ」



放課後に図書室来るくらいだ、随分暇なんだな。
若干失礼なことを考え、俺は気付かれないように心の中でため息を零した。

暇つぶしということは・・・恐らく、しばらくはここを離れないだろう。
面倒なことになった。



「んじゃ、俺は調べモンがあるんで」



今は二匹を待たせておいて、生徒会長は気が済むまで放っておこう。
そのうち飽きて帰るかもしれないし。
それに今無理に調べなくてもいいだろう。
機会がもう無いわけじゃない。

踵を返そうとした俺。
しかし次の瞬間グンッと後ろにひっくり返りそうになった。



「ぅあっ?!」



ふわりとした感触の後、甘い香りがした。
それも鼻を突くような香水の匂いじゃなくて、まさに"乙女"と称されるような女子から漂ってくるような匂い。

首に回された腕。
耳元で聞こえる静かな息遣い。


待て待て待て待て待て待て待て待て・・・!


俺の思考回路はショート寸前だ。
・・・あ、某セーラーアニメじゃないぞ。


っつーか何だこの状況は。
頬に掛かる黒髪がくすぐったい・・・・ってそうじゃない!

何で、俺・・・・・・ッ





生徒会長に抱き締められてんの?!







――――――――――



俺はどうすることもできず、動きを止めた。

その間にも首に回る腕の力はどんどん強くなっていく。
いや、締められてるわけじゃない。
だって苦しくないし。・・・・ってだから違うって。



「あの・・・何スか」

「特に理由は無い」



問いかけてみるが、生徒会長はふるふると首を振り、またぎゅうっと腕に力を込める。



「一言いいっスか」

「何だい?」

「――・・・・アンタ、何者?」



思わず聞いた。
聞いてしまった。

すると腕の力が一瞬だけ緩み・・・・ふっと耳元で笑う声が聞こえた。
ぞわりと悪寒が背中を駆け抜けた。

何故かって?
俺の弱点が耳だからだ!・・・って自慢げに言ってる場合じゃない。


この状況をどうやって説明すればいいのだろう。
説明できる奴がいたらここに来い。
そして俺と代わってくれ、頼むからマジで。



「僕は・・・いや、私は・・・」



突然声のトーンが上がった。
平均的には低く感じるがやっぱり女子の声だ。



「さっき、感づいたのでしょう?・・・・私は、女だと」



俺はそこで眩暈を覚えた。




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