俺はぞっとした。

突然耳元で艶かしい声を出されては誰だろうと悪寒が走るだろう。
変態に関しては喜ぶのだろうか。
どちらにせよ俺は変態ではないからわからないが・・・。



「他に、アンタが女だと知ってる人は?」

「いない。外で私が女だと公言したのは貴方が初めてよ」



いきなり喋り方を変えないで欲しい。
こちらが状況の変化について行けなくなる。



「・・・で、何で俺に抱きついてきたんスか?」



すると彼女は少しだけ黙り込んで・・・・俺の首筋に顔を埋めた。
心なしか彼女の顔は少しだけ体温が高い気がする。

・・・・って違う!

何で冷静に状況分析してんだ俺!



「説明してくんねーと、わかんねーっスよ」

「・・・・そう、よね」

「当たり前っス。俺エスパーじゃねぇし」



エスパーじゃないのに動物の言葉がわかるんだよなぁ・・・。

あれ、でもそれって隠れエスパーとかになるのか?
いやでも声が聞こえるのはセドナと暁鴉の声だけだしエスパーとは言い難いような・・・?


完全に横道に逸れてる事については触れないでくれ。
いや、やっぱ触れて。
このままどっか行っちゃいそうだから触れて、頼むから。



「私・・・真希君のこと、」



―――名前・・・ッ


覚えられてる、と思った。

俺はこの人の名前・・・わからないのに。



彼女はそこまで言ってまた黙り込んでしまった。
しかし・・・。



「やっぱり、何でもない」



彼女はふるふると首を振り、ふいと俺から顔を背けた。



「そっスか」



俺はそれだけ、言っておいた。




―――――――――――




その後、彼女は黙りこくったまま図書室を後にしてしまい、再び図書室には沈黙が戻ってきた。
足音が遠ざかるのを確認してから、待ちくたびれた様子のセドナと暁鴉を中に招き入れる。



『今の人・・・・女性、ですよね』

「おぉ、良くわかったな」

『仕草や動きなんかでわかりますよ』



ふぅん、と俺は呟いた。

まぁ俺にとってはどうでもいい話だ。



『なぁなぁ、さっきの人間・・・オメーに何つってたんだ?』

「・・・・・さぁな。覚えてねぇや」

『えぇー?』



目をキラキラと輝かせて迫ってくる暁鴉を一蹴し、俺は本題である資料探しに取り掛かった。

わざわざ話すのもめんどくせーし、コイツは多分話しても理解できない・・・・と思う。

ここまで色々なトラブルがあったせいで大分時間を食ってしまった。
壁にかけてある時計に目を移すと、もう5時半を回りかけている。
ギリギリまで居たとしても一時間半しか時間は無い。



「今日は諦めっかな・・・」

『ここまで来て、ですか?』

「だって今から資料探すのだりぃしー」



今日はトラブルがありすぎていつも以上に体力が削られた。

体力的疲労もあるが、精神的疲労の方が大きい。
今すぐ家に帰って風呂にでも入りたい。



『そう、ですね。無理は良くありません。今日は帰りましょうか』

『えー、マジかよぉ』

「今度は平日じゃなくて休日に来よう。先生はいるし、図書室借りれるからよ」

『いよっしゃーい!』

「切り替え早っ」



どうせもう誰も校内には残っては居ないだろう。
心配なのは先生だが、まぁ見つかっても問題は無い。
どうにかして誤魔化せばいい。

そう考え、セドナ・暁鴉と共に学校の中から回って校門まで向かうことにした。



『うっおおぉ!すげぇ!何ココすげぇ!』

「うるさい騒ぐな」

『だってよぉ、おもしれーモンばっかあるぜ、ここ!』



図書室を出て廊下を少し歩くと廊下に設置された大きな鏡の前に出る。

その時。



――どくん・・・。



「ッ!!」



どくん、どくん。



突然心臓が激しく脈打ち始めた。

鼓動はどんどんスピードを上げて行き、やがて俺はその場にへたり込んでしまった。



『マスター?!』

『おい!大丈夫かよ?!』



セドナと暁鴉が俺に近づき、問いかけるが応えられなかった。



―――この感じは・・・・!



初めて鏡に吸い込まれた時と同じ感覚。

俺は震える膝を押さえながら目の前に佇んでいる鏡を睨み付けた。
すると鏡の中が突然波打つように揺れ始めた。

数秒後に映し出されたのは自分の姿ではなく高層ビルが立ち並ぶあの光景だった。



「回りくどいことしやがって・・・」



―――もう少し違うやり方はなかったのか。




「行くぜ、セドナ」

『はい、マスター』




立ち上がった俺の右肩にセドナが飛び乗る。
一方、暁鴉は物珍しげな顔でこちらを見ていた。

ここに待たせておいて見つかったら困るし・・・連れて行くか。



「暁鴉・・・来い」

『? いいけど』



左腕を伸ばし、暁鴉を呼ぶと彼は2、3度だけその場で羽ばたき、俺の腕に留まった。

二人(匹?)に離れるなよ、と呟いてから俺は鏡に向かって一歩踏み出した。







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