カツン。
靴とコンクリートがぶつかり、音が鳴った。
俺は何だか見慣れてしまった光景をぐるりと見渡した。
見たことも無いハイテクな信号機、昼だというのに発光しているネオンで装飾された高層ビル。
数百年後にはこの景色が当たり前になるのだろうか?
環境に悪そうだし、電力ハンパなく使いそうだし・・・あまり喜べないが。
『すっげぇー!何だココ!』
「お前・・・何見てもそー言うんじゃね?」
『だって!"ガッコウ"よりスゴいぜココ!』
肩に乗っている暁鴉がバサバサと羽ばたく。
ぺしぺしと彼の翼が頬にぶつかって、地味に痛い。
あまりにやめないので首根っこを掴み引き剥がす。
『やめろー!』と叫ぶが生憎離してやるつもりは無い。
「ん・・・?」
足元にひらり、と茶色っぽい何かが落ちてきた。
直径30センチはあるだろうそれ。
拾い上げてよく見てみると鳥の羽だった。
だが普通の鳥のものとは言い難いその大きさに、俺は首を捻った。
その時、突然空が暗くなった。
息つく間もなくバサバサと豪快な羽音が聞こえ始める。
『マスター、あれ・・・!』
「ふぇ?」
セドナに言われ、俺は初めて上空を見上げる。
そこにいたのは体長5メートルはあるであろう大きな鳥の形を象った怪物。
足の爪は鋭く、真っ赤なクチバシが太陽の光を浴び、光っていた。
「な・・・なんじゃありゃ・・・!」
その時、怪物の黒くて鋭い目がぎょろりと動き、俺の姿をその目に捕らえた。
―――見つかった!
『マスター!』
セドナの声と同時に胸の辺りにトン・・・と衝撃を感じ、その後一瞬だけ浮遊感に包まれる。
何かが中に入ってくる感覚。
やはりこの感覚にだけは慣れることが出来ない。
「だって・・・頭がくすぐったいんだもん・・・!」
俺は現れた猫耳に触れながらそう零した。
ふと視線を感じ、頭を上げると暁鴉が驚きと困惑が混じった視線をこちらに向けていた。
まずは彼に説明したほうがいいのだろうか。
しかし・・・。
『マスター、上です!』
「うおっとう!」
『ぐはっ?!』
脳内で響いた声。
俺は反射的に、口をぽかーんと開けて間抜け面をしていた暁鴉を腕に抱き、高く跳躍した。
そのまま空中で一度だけ回転すると少し離れたところに着地する。
俺が元居た場所には、ぼっかりと穴が開いていた。
・・・というより、どちらかというと抉り取られた様な感じだ。
まぁどちらにせよ怖いけど。
『な、ななな・・・何がどうなってやがる・・・?!』
「あー、悪ィな暁鴉。説明は・・・後、だぜ!」
暁鴉を抱えていない方の手で腰の辺りにあるライフルに触れる。
勢い良く腰のホルダーから引き抜くと、相手に向けて構え・・・引き金を引いた。
パァン!と豪快に音が鳴り響き弾丸が怪物めがけて飛んでいくが、怪物はすばやい動きでそれをかわした。
っつーか弾丸避けるってどんな速さだ。
そのままの勢いで立て続けに弾丸を放るが、当たるどころか掠めることすら出来ない。
「っくそ・・・何つー速さだ」
俺は思わずチッと小さく舌打ちをする。
そんな悪態を吐きながら、一回で引き金を引くことに慣れてしまった自分が少し怖くなる。
だけどそんなことも言ってられない。
というより何で俺こんなのと戦わなきゃないんだろう。
かなり根本的な問題に行き着いてしまい、少し悲しくなった。
その不意を突くかのように怪物は俺に鋭い"何か"を飛ばして来る。
ぴょんと後ろに避けると、俺は一度退がって物陰に隠れた。
「当たんねぇよ・・・」
ぽつりと呟いたその時。
くいくいっと服の裾を誰かが引っ張った。
「へぁ?」
『へぁ?って・・・間抜けな声出してんじゃねーよ』
「暁鴉、離れてろ。危ねーから」
『呼んでんのはお前じゃねーし。お前の中にいるヤツだよ』
何だかカチンッと来たが、いつになく真剣そうな顔の暁鴉を見てそんな感情はどこかへ吹き飛んでいった。
数秒後、暁鴉の声を聞いたセドナがにゅっと俺の胸部から顔だけを覗かせる。
・・・・ってか怖ぇなオイ。
軽くバイ○ハザードだぞこの恐怖は。
胸に猫の顔だけくっつけた人間が何処に居るんだ、ガチで怖いぞ。
『オレと代われ』
『へ?・・・でも、アナタは・・・』
『いーから』
『っわ、・・・?!』
暁鴉が強引に俺の胸元に体当たりをする。
すると反動でセドナが転げ落ち、代わりに暁鴉が身体の中に入ってきた。
―――何かこの表現イヤなんですけど・・・
猫耳が消え去り、今度は背中に違和感を覚えた。
『いっつつ・・・・って、・・』
セドナは着地に失敗したようで少しの間地面で身体をバタつかせていたが、やがて起き上がり俺を見上げると驚いたようなビビっているようなそんな表情を浮かべた。
俺が首を傾げるとセドナは近づいてきて、次に『わぁ・・・』と声を上げた。
『すごいですね・・・それ』
「へ、どれ?」
『背中ですよ。翼が生えてます』
「ウソ?!」
どういう状況なのか気になるが背中にあるので見えるはずが無い。
でも確かに背中よりもその先に感じたことの無い感覚がある気がする。
―――動かせるの、かな・・・
そう思い、神経を背中のその先に集中させる。
前後に羽ばたかせる感じをイメージしつつ、一気に力をこめる。
バサリ。
そう音が鳴った。
辺りに黒い羽が舞う。
『使い方はそれでオッケーだぜ。そのまま飛べ』
「ンな簡単そうに言われても・・・」
『お前なら出来るさ』
いつも以上の優しい声色に少しだけ驚いた。
コイツ、いくつ顔を持ってるんだ?
そんな失礼なことを考えつつ、空を羽ばたくことをイメージする。
『よし・・・それでいい』
暁鴉の声。
身体が何かに包み込まれる感覚。
『飛べ』
その言葉に弾かれたように俺は空へと飛び立った。
―――――――――――――
「うおぉお・・・すげぇ高い・・・」
『グズグズしてんなよ、来るぜ!』
「ッ!!」
空に舞い上がった途端、鋭い爪が俺目掛けて急降下して来る。
咄嗟にその場でくるりとターンしてそれをかわした。
しかし怪物は立て続けに攻撃を仕掛けてくるため、こちらから反撃が出来ない。
「っつか、どーやって攻撃すんだ?!」
避けているだけじゃ何も出来ない。
武器らしいものも持ってないし、一体どうすればいいのだろう。
その時、背中のその先――翼が冷たくなるような感覚が身体を駆け巡った。
―――もしかして・・・
淡い期待を抱いて、俺は自分の翼にそっと触れた。
触れたそこは硬く硬化しており、勢い良く突き刺せば貫通できそうなほど鋭かった。
予想通りだ。
俺は思い切ってそれを掴み、引き抜く。
多少の痛みは覚悟してその行動に出たのだが・・・。
―――それほど痛くねぇや
手に持ったそれを構える。
怪物は尚も鋭い爪を光らせて、突っ込んできた。
ガキッと鈍い音がして金属同士が擦れ合うような音が聞こえる。
「結構、力強いんだな。・・・けど」
ニヤリと口角が上がるのを自覚した。
「まだまだだぜ」
勢い良く相手を弾き返す。
怪物は一瞬だけよろめき体制を崩した。
その瞬間。
「終わりだ」
思いっきり羽ばたいて体制を崩している相手の懐に入り込み、胸元に思い切り硬化した羽を突き刺した。
怪物は物凄い甲高い声で鳴き、落下していった。
そのままズゥン・・・と豪快な音を立てて地面に倒れる。
ゆっくりと翼を動かして俺が地面に着地したその瞬間、怪物は光の粒となって消えていった。
「暁鴉、もう・・・出てきていいぜ」
『おう』
身体から暁鴉が姿を現す。
すると背中のその先にあった感覚は消え去り、何だか少し身体が軽くなった気がする。
「あー疲れた。普段使わない神経まで使った感じ・・・」
硬くなった身体をほぐす様に肩を回してみたり首を回してみたりする。
そして物陰から出てきて歩み寄ってきたセドナを抱き上げ、暁鴉を肩に乗せた。
そして怪物が居た場所に現れた大きな硝子片に目を向ける。
きっとあれが帰り道だろう。
「よし・・・・帰るか」
『はい!』
『おう!』
そっと、帰路に一歩踏み出した。