巨大な影と共にゆらゆらと泳ぎ回る鮫。
ぎょろりと動いている目は、さながら、次の獲物を探している狩人のようだった。



「なんで・・・鮫が、浮いて・・・?!」



雅也がそう声を発する。
それが引き金となってしまった。

鮫はゆらゆらと動かしていたヒレを急に忙しなく動かし始め、曖昧だった進路を変更した。


標的は―――声を発した彼。



「暁鴉!」

『おうっ!』



俺はダッシュしながら叫んだ。

後ろからトンッという微かな柔らかい感触と共に暁鴉が身体(なか)に入ってくる。
途端、巨大な鷹と戦った時のように"背中のその先"に感覚神経が通っていく感覚に襲われ、次に――



ガキィンッ!



硬化させた翼を身体の前で大きく広げ、突進してきた鮫の動きを止める。
そこからは力比べになり・・・・もちろん自分の身長の2倍はあるであろう生物に、負けることはあっても勝つことはできない。
俺は若干歯を食い縛って何とか弾かれないようにと力を込める。

後ろからは雅也の不安と驚愕が入り混じった吐息が聞こえてきた。



「真希・・・お前、」



だがそんな問いに答える余裕はなく、いい加減感覚神経が麻痺し始める。
このままでは危険だ。

鮫の目が一瞬、ほんの一瞬だが・・・キラリ、と光った。


―――ヤバい・・・!


弾かれる、と思った。



『マスター!』



しかし弾かれるような金属音と感覚はせず、代わりにセドナの声が聞こえた。
その途端、辺りに甲高い鳴き声が響き渡る。

思わず瞑ってしまった目を開けると、鮫の巨大な身体に巨大化したセドナが噛み付いているのが見えた。
しかしそれも長くは続かず、暴れだした鮫に弾かれるようにセドナの身体は投げ出される。



「セドナ!」

『大丈夫、です・・・!』



地面との衝突は免れたようだ。

セドナは頭を2、3回軽く振ってから、足に力を込めると一気に跳躍し、俺の近くに降り立った。



「セドナ、雅也と和樹ン所に居てくれ。・・・頼むぜ」

『はい、マスター』



こくりと頷いたセドナの頭を軽く撫でてから、次に縹へ視線を向ける。
彼は原型に戻ることができず、若干うろたえているようだ。



「縹!セドナと一緒にいてくれ」

『ッ・・・・承知した』



縹が近付いて来たのを確認してから、バサリと翼を何度か羽ばたかせる。


――よし、感覚は・・・大丈夫


前を見据えると、先程のセドナの攻撃で理性を失ったのか興奮状態の鮫が荒い息を零し、こちらを睨み付けていた。



「雅也、和樹」



振り向くことはせず、背中越しに二人にそっと声を掛ける。
彼らの息を飲む音が聞こえた。



「後でちゃんと説明する。だから、少し――」



待っててくれよ。


その言葉と同時に、俺は一気に翼を羽ばたかせ、真っ向から鮫に突っ込んでいった。




――――――――――



決着は、すぐには着かなかった。


暁鴉は空中戦が主だ。
スピードは劣っていないものの、明らかに相手のほうが上手だろう。
日々戦闘しているのかどうかはわからないが、少なくとも俺よりは水中戦には慣れている。


おかげでダメージを与えても反撃されることが多く、あまり進展はなかった。
だが遅かれ早かれ、体力的に俺のほうが不利になってしまう。



「ックソ・・・」



思わず悪態を吐く。

その時。




『主!』

「?!」



今まで黙りこくっていた縹が突然声を上げた。
俺はその声に弾かれたように振り返り、こちらをじっと見ている彼を見返す。



『我を、使え』



その言葉と同時に縹は原型に戻り、俺の元まで泳いできた。
縹を人間だと信じきっていた雅也と和樹は驚きのあまり目を見開いている。



「お前・・・」

『主。お主を助けるのが、我の使命だ』



ふわりと微笑んで、縹はそっと俺の胸元に口を近付け――そのまま身体の中に吸い込まれていった。
途端、魚になってしまったかのように身体が軽くなる。

特にコレといって身体に異常はなかったが、服装が着物に変わっていた。
そしてやはり脳内にはセドナや暁鴉と同じように縹の声が響き始める。



『腰にある刀を使え』

「刀・・・これか」



腰には黒をベースにし、水色や青系の色で装飾された刀の柄があった。
すらりと刀を抜くと銀色に光る刃が姿を現し、それは試さずとも切れ味が良く見える。



「貴様の身体・・・かっ裂いてくれよう」



彼が身体に入ると、人格も似るようだ。

言葉遣いはいつのまにか高貴なものに代わり、どことなく和風な雰囲気が漂い始める。



「来い」



豪快に中を蹴り、物凄いスピードで突進し始めた鮫の攻撃を、ひらりと舞うように跳んで交わし、通り過ぎた背中めがけて刀を横に薙ぐ。

すると思いのほか当たりがよかったのか、鮫は一撃で真っ二つになり、次に光の粒子に変わって解けていった。



粒子の最後の一粒まで消えたのを確認してから俺は思わず安堵の息を零す。



「ふぅ・・・」

『流石我が主だ。一撃で倒してしまうとは、な』



縹が俺の身体から出てきながら言った。

暑さに翻弄され、頬に汗が伝う。
涼しかった感覚は消え去り、居空間に吸い込まれる前と同じ光景に戻った。


ポンッという若干間抜けな音を立てて巨大化したセドナが元に戻る。
暁鴉もばさばさと羽ばたいて俺の元へやってきた。



『マスター、お疲れ様です』

「あぁ」



その場にしゃがみこんで、近寄ってきたセドナを撫で、暁鴉を肩に乗せる。



「お前らもお疲れさん。あんがとな」

『いえ。役に立てて何よりです』

『ご褒美に今日の飯は美味いモンがいいぞ!』

「はいはい」



嬉しそうにはにかむセドナ、『飯、飯!』と強請る暁鴉を撫でつつ、人間化して近くに来た縹にもにこりと微笑む。



「お前も、あんがとな・・・縹」

『我が主の為なればこの程度、苦にもならぬ』



その時。

ザッと足音が聞こえ、少し遠くに居た雅也と一樹がこちらへ来ていた。
俺はその様子に反射的に立ち上がり―――にこりと微笑む。

彼らは何も言ってこそいなかったものの、促されたかのように俺はこくりと頷いた。



「話すよ・・・・全部」



それから俺は彼らに全てを話した。


初めてセドナと会った時の事、今までに数匹の怪物を倒し、暁鴉にも出会い、ここまで来た事。
不思議な力、それに異空間。

全てを、包み隠すことなく、正直に。

彼らに隠し事などしない・・・できるはずが無かった。
それに確信だってある。
雅也と和樹とは昔から一緒だった。
運命か偶然か・・・今まで3人クラスで分かれることも無かったし、何より気兼ねなく心を委ねる事が出来た。



「信じらんねぇ・・・」



雅也がぽろり、と零す。

セドナと暁鴉は少し驚いていたようだが、俺は至って冷静だった。
それは次の言葉を何となく読めたからだろうか。



「・・・・けど、この目で見ちまったモンは仕方ねぇよ」

「何より・・・親友のお前の言葉を信じない理由もないし、な」



わかりきっていた答えだった。
雅也と和樹・・・彼らなら、そう言ってくれるとわかっていたし、信じていた。

なのに。



「・・・さんきゅ、」



目頭が熱くなるのは、何故だろう。






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