太陽が沈みかけ、一番星が姿を現す頃。
決して明るいとは言えない道を、雅也は歩いていた。
彼は、先程友人である真希・和樹と別れ、岐路を歩いている真っ最中だ。

大通りから少し細い路地へ入ると、家はもうすぐそこ。
夕飯は何にしようか、と考えつつ速さを変えることは無く、歩みを進めていく。

その時、後ろからカツ、コツ・・・というゆっくりと歩みを進めているような、小さな足音が聞こえてきた。
初めはあまり気にならなかったが、その足音は段々と近付いて来る。

付けられてる?と少々不安になり、歩幅を大きくして歩くスピードを速めると、足音も同じようにスピードを速めた。


カツコツ、カツ、コツ・・・。


どこまでも着いてくる足音に耐え切れなくなり、雅也は勢い良く振り向く。
振り向いた彼の視線の先には、彼が良く知っている、そして尊敬すべき人物が立っていた。



「・・・・・・兄貴・・・」




――――――――――――


一方、真希はその頃。



「ほえ〜・・・・疲れたぁ・・・」



俺は家に帰り着くと、すぐさまリビングにあるソファの上に身を沈めた。

疲労感が半端じゃない。
ちょこっと目を閉じれば今すぐにでも寝てしまえそうだ。

セドナがそんな俺をソファの前で腰を下ろして心配そうに見上げ、『大丈夫ですか?』と問いかけてきた。



『今回の敵はかなり厄介でしたからね・・・疲労もかなりのものでしょう?』

「あー・・・まぁ、な」



俺はそこでソファを占領していることに気付き、身体を起こしてソファに深く腰掛けた。
するとその隣にセドナ、暁鴉が素早く乗り、そこを陣取る。



『確かに一撃で倒せたとはいえ、それ以前にも幾らかダメージはあったしな・・・主、傷はもう良いのか?』

「大丈夫、大丈夫。この位どうってことねぇよ」



立ったまま話す縹に、座れよ、と言うと彼は恐る恐る俺が座っている向かいのソファに腰掛けた。
一瞬だけソファの感触に驚いたようだが、すぐに慣れ、俺と同じように深く座り込んだ。

その様子を見る限り、やはり彼等もそれなりに疲れているのだろう。
セドナはもう座り込んでいるし、暁鴉に至っては寝る準備は万全、とでも言うように丸くなっている。
・・・・今日は早めに寝ることにしよう。

そうと決まれば、まずは・・・



「よし・・・風呂でも入るか」



そういいながら立ち上がると、ソファがぎしっと音を立てた。
その衝撃でうつらうつらと睡魔と闘っていたセドナと暁鴉が頭を上げ、俺を見上げる。



『今からですか?』

「あぁ。海水浴びてきたんだから・・・気持ち悪いだろ?」

『まぁ、確かに・・・』



すぐに沸かしてくると3人に伝え、俺は風呂場に向かった。



風呂を沸かすため風呂場へ向かおうとリビングを出て、廊下を歩き出した時。
静まり返った家の中で何処から小さな音が聞こえた。

少し高いオクターブで、若干音が途切れているが、あれはきっと音楽だ。
ということは・・・。



「ケータイか・・・」



面倒臭ぇな、と呟いて俺は階段を上り――かけたのを思い留め、とりあえず風呂場に向かった。

お湯を出してから電話に出ても遅くないと思ったのだ。
第一、こんな時間帯だと悪戯電話、迷惑メールくらいしか来ないだろう。
もし友人から来たとしても俺に連絡するのは雅也と和樹くらいだし。


風呂場のドアを開け、湯の温度を設定し、蛇口を捻った。
キュッと何とも気持ちの良い音がして・・・それからお湯が音を立てて浴槽へ溜まっていく。



「これでよし、っと」



後は溢れないように何度か確認をしつつケータイを弄れば良いだろう。
小さくこくりと頷いてから、風呂場のドアを閉め、今度こそ俺は2階に向かった。




――――――――――――



2階に上がり、俺はまず自室を覗き込む。

部屋は若干明るくなっていた。
勿論、それは携帯電話がチカチカと発光しているせいだ。
電話はもう切れているが、留守電が入っているらしく、携帯電話は休むことなく発光を繰り返している。
俺はミニテーブルの上にある携帯電話を拾い上げ、片手で画面を開き留守電一覧を確認してみた。


―――・・・知らない番号だ


少し怪訝に思ったが、俺はとりあえず再生ボタンを押してから携帯電話を耳に押し当てる。



『久しぶりだな、真希』



電話口からは懐かしい声が聞こえてきた。

何度かしか会った事は無いが、かなり好印象だったので忘れることは無い。



「雅也の、兄ちゃん・・・?」



俺の声に反応することは無く、電話口の声は告げる。



『俺のこと、覚えてるか?まぁしばらく会ってないから忘れられてても仕方ないとは思うが・・・』

「忘れてないよ・・・」



若干笑みを浮かべながら、俺は留守電にそう返した。


彼と初めて会ったのは中1の時。
雅也の家に遊びに行った時、親が居ないから、と色々世話をしてくれたのが彼――雅也の兄貴だ。

ハッキリ言って、やんちゃで暴れん坊な雅也の兄とは思えないほど、ふんわりした人だったのを覚えている。
男には見えない大きな目と長い睫毛、細い手足に、ふわふわした髪がとても印象的だった。
もう本当は女なんじゃないかと本気で疑ってしまうほど容姿端麗な人・・・。

しかしそんな彼はその時からバイトをしていたらしく、遊びに行って「いらっしゃい」と出迎えてくれたと思ったら、謝罪を述べて仕事に行ってしまうこともあった。


全く変わっていない、少し高い声で彼は続けた。



『突然で悪いが・・・お前と、直接話がしたい』

「話・・・?」



何の用だろう。
ここ最近は雅也の家に遊びに行くことも無かったし、交流があったわけではない。

彼にそんなことを言われたのは初めてだ。
今までだって和樹や雅也の友人に直接会いたいと言われている人は見たことも無いし。



『その内、こっちの方から会いに行く。待っててくれ』



そこで留守電は切れた。

メッセージは終わったというのに、俺は携帯電話を耳元から離せずに居る。
理由は、わからない。



「何年ぶりだろうな・・・」



ぽつりと呟いた。
彼と最後に会ったのはいつだっただろうか?
全く覚えていない・・・・。

そもそも此方から会いに行く、ということは直接俺の家に来るということなのか?
だとすれば部屋を片付けなければ。



静寂に包まれる。

俺はようやっと携帯電話を耳元から離し、パクンとフタを閉じると、元あった場所に戻した。


ふぅ、と小さくため息を零す。

その時・・・階段の下から水音が聞こえた。



「ッやべぇ!風呂・・・!」



案の定、浴槽にはこれでもかという程のお湯が溜まっていた。



―――――――――――



その夜。

俺は夜中に突然目が覚め、それから何を思ったのかベランダへ向かった。
風にでも当たろうと思ったのだろう。



「ふぁ・・・きもちい・・・」



髪がさらりと風に弄ばれ、浮いた髪を片手で押さえる。
そろそろベッドに戻ろうか、とベランダのドアノブに手を掛けたその時。



『よう、真希』

「ッ?!」



聞いたことの無い低い声が耳に届いた。
驚いた俺は若干コケそうになりながら恐る恐る振り向くと、ベランダの柵の上に小柄な黒猫がちょこんと座り込んでいた。



『久しぶりだな』


―――あ、れ・・・?

声を聞いたことは無いが、姿は見たことがある。
確か、雅也の家の猫だ。
名前は・・・、



「・・・・リク?」

『おう。良く覚えてたな』



まだ中一の頃、朝に和樹と二人で雅也の家に押し掛けた時に会った猫。
しばらく見ていなかったので忘れそうだったが・・・。



『その内また遊びに来る・・・今度は俺の主人と一緒に、さ』



それだけ告げて、リクは去ろうとする。



「っちょ、待って・・・!」

『何だ?』



しかし俺としては聞きたいことが山ほどあるため、帰られては困ってしまう。
とりあえず今はリクと冷静に会話をできている俺を褒めてほしい。



「お前、話せるってことは・・・お前の主人は、俺と同じ・・・」



そこで俺の言葉は途切れた。


驚きで目を見開く。
一瞬、ほんの一瞬だが――瞬きをした瞬間、リクが、人間に見えた。

青い髪で優しい、でもって頼もしい笑みを浮かべた青年に・・・。
青年は足を組んで柵の上に座っていた。

だが、もう青年の姿は見えなくなり、柵の上には相変わらずリクがちょこんと座っている。



『さぁ、どうだかな』



そこでリクは立ち上がり、身体を伸ばすとさっさとどこかへ歩いていってしまった。



――――その内会いに行く、か・・・。



俺はリクの背中を見つめながら、早く会いに来てほしい、と思った。


彼に話したいことがあるように、俺も話したいことは山ほどあるのだから。





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