「ったく・・・世話の焼けるヤツだな、お前は」



その声で、俺は現実に戻された。

相変わらず身体は動かないままだったが、先程まで見えていた景色とは明らかに色が違う。
大きな背中が目に入って、俺は目を白黒させた。



「そんなガキが怖ぇのか?」



俺に背を向けている彼が、顔がくるりとこちらへ向ける。

彼――青い髪の青年はニヤリと笑い、前に構えていた大剣を大きく横に薙いだ。
すると辺りには微塵になった蜘蛛の糸が舞う。

状況が上手く飲み込めない俺に追い討ちを掛けるかのように、突然鋭い銃声が辺りに響き、金縛りからは開放されて身体が自由になった。
足にあった、赤ん坊がしがみついている感覚はもうない。

恐る恐る足元を見るが、赤ん坊の姿はなかった。



「リク、あまり遊ぶな」

「へいへい」



懐かしい声が耳に届く。

青い髪の青年・・・リクがその声に反応し、小さく溜息を零しながら頷くとそれから一気に巨大蜘蛛に突っ込んでいった。



「危ないところだったな、真希」

「・・・っ」



俺は喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
というか、声が出ない。



「ふふ・・・遅くなってしまった事、怒ってるのか?」



声はどこか楽しげに、そう告げた。




――――――――――――



「お前、随分大きくなったなぁ」



数分後、怪物を倒したリクが、俺にそう言った。

彼は怪物に突っ込んで行き、繰り出される攻撃を軽々と避けては大剣を振り続けたのだ。
その結果、勝敗は5分足らずで着いてしまった。
驚いている間もなく、彼は更に辺りに張られた蜘蛛の巣を切り裂き、セドナ達を助け出すと俺の前まで高く跳躍しては降り立ち、次の瞬間先程の言葉だ。


思わず口をあけて動きを止めてしまった俺に助け舟を出してくれたのは、声の主――雅也の兄、羅衣だった。



「お前は真希の何なんだ。ホラ見ろ、急すぎて困ってるだろ」

「えぇー?まさかお前、俺のこと覚えてなかったりする?」



俺はリクの言葉にブンブンと首を振った。
彼と会った当時から動物好きだったのだから、忘れるはずはない。

まぁ、この青年がリクだと気付けたのは昨晩彼が会いに来てくれたお陰だが。
あの時、青年・・・リクの人間化した時の姿が見えなければ、気付かなかっただろう。



「ほらぁ!覚えてるって!」

「覚えてるったって・・・お前、その身体の時に会ったことあるのか?」

「それは・・・んー・・・」

「ある」



俺は思わず彼らの会話に割って入った。
いや、まぁ俺も会話してる中には含まれてたんだろうけど。

そんな俺が発した言葉に、羅衣とリクが若干驚いた顔で俺を見た。



「昨日会った」

「え?でも昨日は猫のまま・・・」

「見えたんだ、姿が」



何故?と首を傾げるリクに、羅衣がにこりと微笑んだ。
そして俺の目の前まで来ると俺の頭をそっと撫で始める。

その内手の動きが早くなっ・・・・痛い痛い痛い痛い!
禿げる!摩擦熱・・・・ッ!



「理由なんていらないだろ。とにかく、コイツにはそういう能力があるということだ」

「あの・・・・・禿げるんですけど」

「ん?あぁ、すまない」



羅衣は笑みを含んだ声でそう言った。
若干楽しんでいるように見えるのは・・・気のせいだろうか。

その時、



『マスター・・・あの、』

『誰だ、そいつ等?』



先程から黙って事の成り行きを見守っていたセドナと暁鴉が俺に歩み寄り、見上げながら首を傾げていた。

そんな二人とは違い、縹は何事か考え込んでいるようだ。



『貴様・・・・雅也の兄弟か?』



それから彼は羅衣に指を指しながら言った。
俺はぎょっとして、そんな彼の手を掴んで下げさせる。



「人に指を指さない!」

『ぬ・・・・』



縹は若干不満そうに腕を下げ、羅衣から視線を外さないまま口を開いた。



『雰囲気は大分違うが・・・流石兄弟だな、顔はどことなく印象が同じだ』

「そうか?周りの奴には良く似てないって言われたんだが・・・・そんな風に言われたのは初めてだな」



羅衣はそういいながらも、満更ではなさそうな顔をしている。

やはり似ているといわれれば嬉しいものなのだろうか。
兄弟がいないから俺は良くわからないが・・・。



「まぁそれは置いとくとして・・・・」



すると羅衣は綻んでいた顔を元の凛とした表情に戻し、



「お前とは・・・話したいコトが山ほどある」

『それは・・・俺も、です』

「とりあえずここから出よう。話はそれからだ」



そう言い終えた後、彼は俺に「そいつ等から離れるなよ」と言った。

その言葉に若干慌てた様子でセドナは俺の右肩、暁鴉は左肩に乗る。
薄々感付いてはいたが・・・もう俺の両肩は彼らの特等席のようだ。

きっと彼らは俺が毎晩肩の痛みに悩まされていることを知らないだろう。
お陰でベッド脇の机の上にいるサロ○パスが大親友になってしまったというのに


いい加減慣れてしまったはずの肩の痛みが、今日はいつもより強い。
きっと精神的なダメージがあるからだろうが・・・。


色々な意味を込めてふぅ、と溜息を零した俺を、疑問符を浮かべてセドナと暁鴉が見る。

その隣に来た縹は俺の手に自分の手を絡め―――ってオイ。



「なっ、ななななな・・・何、して・・・?!」

『離れてはならぬのだろう?こうしておけば安全だ』

「だからって何で、手・・・!」

『おや・・・後ろから抱き締められる方が好きか?』

「ちっがーう!」


『僕も人間化したいです・・・』

『お、オレは・・・別に、』



そんな風に騒ぐ俺達を、羅衣とリクが楽しそうに見ていたのを俺たちは知らない。


勿論、全員男なのでむさ苦しい事この上ないだろう。
っつーか男しか集まってこないって、俺明らかに変態扱いされるだろ、どうしてくれんだ作者ぁ!



――断じて俺にそんな趣味は無い!



そう心の中で断言して、俺はもう一度溜息を零した。



――――――――――――




「・・・で?」



羅衣が優雅に足を組み、ティーカップに入ったコーヒーに口をつけながらそう尋ねた。
彼の膝の上には猫の姿に戻ったリクがいる。

俺は彼のように優雅にはできないが・・・同じように紅茶を啜りながら彼を見返した。



「何が?みたいな顔してるな」



だって急に言われても、と言い返そうとした俺の言葉を遮る様に羅衣は口を開いた。



「話してくれてもいいだろ?今までの経緯を、さ」

「はぁ・・・別にいいっスけど」



この人は相手を丸め込むのが上手い。
ちょっとでも気を抜けば彼のペースに飲み込まれてしまう。
だが飲み込まれても悪い気がしないのは、彼の人柄のせいでもあるのだろうか。

最初こそどう接していいかわからなくて、ついぎこちなくなってしまったが、最後に会った時と何一つ変わらない笑みを浮かべる彼にいつのまにか癒されていた。



「2ヶ月くらい前っスかね・・・コイツが車に轢かれそうになってて、それを助けたのが事の始まりでした」



俺はまだ熱を持っている紅茶を少し啜ってから、膝の上のセドナを撫でる。



「助けた後も、怖かったのか俺から離れようとしなかった。だから家に連れて帰って・・・どうせ離れないなら飼ってしまおうと思って。飯を食わせてやって"美味いか?"って聞いたら、コイツいきなり喋りだして・・・」

『聞かれたから答えただけですよ』



セドナは当たり前だ、とでも言うようにしれっと答える。

しかしその行為がどれだけ俺を驚かせたか。
下手をしたら精神科医に行くため、走り出していたかもしれない。


羅衣はティーカップをカチャンとカップ受けに置き、ふむ・・・と少し唸ってから、



「じゃあ、その能力を生まれつき持ってたワケじゃないんだな?」

「多分・・・前に雅也ン家で猫―リクと会ったけど、その時は聞こえて来なかったし」

『あぁ、あの時か。確かにあの時は俺がどんだけ喋っても聞こえてない感じだったから・・多分、後々覚醒したんだ』

「・・・・なるほどね」



そういうが早いか、彼は先程コーヒーのおまけ、といって店員が持ってきた一口サイズのクッキーを口に放り込む。



『あぁー!羅衣ずるい!俺にも寄越せ!』

「ダメだ。最近お前太っただろう?甘いものばっかり食べてるからだぞ」

『さっき運動したからいいの!』



リクは寄越せと駄々を捏ねる。
口論になっていくかと思われたが、すぐに羅衣が折れた。



「全く・・・仕方ないな」

『おっしゃ!』



羅衣からクッキーをもらって、嬉しそうにパクつくリク。
なんだか、かなり癒される光景だ。



「お前も食うか?」

『いえ、僕は・・・』

「遠慮すんなって。最近お前甘いモン食ってないだろ」

『んむっ?!』



クッキーを摘み、セドナの口に放り込む。
彼は最初こそ抵抗したが口に含めると諦めたのか、小さな口で一生懸命噛んでいる。


―――可愛い・・・


やっぱ動物は良い、特に小動物は。
見ていて和むし癒される。

その時、



『オレも喰いたいーッ!』



近くの電柱の上に止まっていた暁鴉が騒ぎ出した。
彼が騒ぐことは予想していたが・・・。
あそこまで煩く騒ぐとは。

街行く人も何だ何だ、と足を止めて暁鴉を凝視している。



「迷惑だ・・・ッ」

「クッキー、やればいいだろ?」

「どーやって?!」

「こうやって」



ニコリと羅衣が微笑み、肘を伸ばして右腕を突き出した。
もう片方の手にはクッキーが。



「来い、暁鴉」



近くに居る俺が聞こえるか聞こえないかの声だったが、暁鴉は鋭く反応し、翼を広げてこちらまで飛んできた。
そして羅衣の腕に乗ると、キラキラした目を彼に向ける。



『くれんの?!』

「あぁ、ほら」

『やったぁ!』



羅衣からクッキーを受け取って、暁鴉は嬉しそうに齧り付いた。
その様子を街行く人が怪訝そうな目で見る。

何人もの人から向けられる視線に思わず尻込みしてしまう俺は、隣の羅衣に目を向けた。



「コイツ等はお前の仲間なんだろう?誰よりも大切な・・・」

「っ・・・そう、です」

「だったら他の奴の視線なんぞ気にしなくていい。人前だろうと存分に可愛がってやれ」



してやったり、という風にニヤリと微笑む羅衣が、なんだか羨ましかった。

暁鴉がクッキーを食べ終わったようだ。
口の周りに食べかすをつけながら、こちらを見る。
もうないのか?という顔だ。



「暁鴉・・・おいで」



名前を呼ぶと、暁鴉は嬉しそうな表情でこちらへ近づき、いつもどおり俺の肩に留まった。
首筋を撫でてやると目を細めながら頬に擦り寄って来る。



「ふふ・・・・随分嬉しそうだな」



俺は羅衣の言葉に答えることはなく、代わりに薄く笑みを浮かべて見せた。
正直に肯定するのは何だか恥ずかしかったから。

クッキーを一つ摘み、暁鴉に差し出す。
すると暁鴉はクチバシでそれを二つに割り――一方だけを口に含み、



『それ・・・・喰っていいぞ』



恥ずかしそうにモジモジと言う暁鴉。
俺は思わず彼を抱き締めてしまいたくなった。

流石に場所が場所なので、抑えたが・・・。



「へへ、あんがとな」

『おうっ』




その時、羅衣は意味ありげに笑ってたとかいなかったとか。



「あれ・・・・そういえば、縹は?」

「あそこにいるけど」



そういえば暁鴉とのやりとりがインパクト強すぎて忘れていた。

羅衣が指差した方に目を向けると、



「マジかよ」



ケバい姉ちゃん方に囲まれた縹がいた。

どこか楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。
困ったように眉を下げつつ爽やかに微笑むアイツを今すぐ殴り飛ばしてしまいたい。



「暁鴉、アイツの目・・・抉って良いぞ

『おしっ・・・任せとけ!』

『っちょ、マスター?!暁鴉も悪乗りしないで下さい!』



俺たちのやり取りを見て、はははっと羅衣が笑う。
するとセドナは『ら、羅衣さん・・・笑い事じゃないです・・・』と溜息混じりに言った。

まぁ冗談は置いといて・・・と。



「ちょっと一発ぶん殴って連れ戻してくるわ」



暁鴉とセドナを羅衣に任せ、椅子から立ち上がる。
羅衣の気をつけろよ、女は怖いからな、という言葉に小さく頷いてから何とか怒りを抑えつつゆっくりと歩く。

ケバい姉ちゃん方は縹の背後もガッチリとマークしており、入り込む隙はない。
キツイ香水と化粧品の臭いに目眩を覚えた。
下手をすれば卒倒した上、毎晩夢の中で追いかけられそうだ


・・・というか、



「近付けない」



ぽつりと呟いた言葉は、ケバい姉ちゃん方にはしっかりと聞こえてしまったようで。

化粧で真っ白になったであろういくつもの顔についている、ぎょろりとした肉食獣のような飢えた目が一斉に俺を捉えた。


言葉で表しきれない迫力に思わず俺は後ずさりする。

すると、



『おや、真希』



この能天気な野郎を、ガチで殴り倒してぇと思った。





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