―――誰か助けて・・・。



俺は心の中で切実に願った。



怖いです、視線が痛いです。
きっとこの方達の視線を受けただけで慈悲深い神様も裸足で、というかいっそ裸で逃げ出すんじゃないだろうか

まぁ状況を説明すると・・・・どうやら俺は縹の彼女と勘違いされてしまったようだ。
皆さん、そもそも性別から間違ってるんだが。

おまけに縹も悪乗りしてくるし。



『さて・・・どうしようか、真希』

「名前呼びとかマジやめて迷惑だから」


お姉さん方に見えないように縹の足をゲシッと踏むと、縹は肩を竦めた。
連れないな、とでも言いたそうな顔。


それにしても・・・・相変わらず視線が痛いです。

俺は男だ!って叫んでやりたかったが、縹がそうは許してくれないだろう。
というか、『何を言うか、恥ずかしがるでない』みたいな事を言われそうで怖い。



「アンタ何なの?何様のつもり?」



ンな事言われても、俺にはどうしようもない。
っつーか女じゃねぇし男だし。

そう突っ込みたいが・・・言葉が出ない。
正直、そこいらの不良よりも怖い。
というか人間に怖気づいたの初めて・・・だと思う。

というか何股も掛けた設定なら俺じゃなくて縹に怒って欲しいんですけど。

いい加減逃げ出したくなったその時、



「俺の可愛いに手を出したのは・・・お前か?」



お兄さぁあぁあぁあぁあぁああぁん?!

思わず叫びだしたくなった(というか心の中で叫んだ)。

その場に乱入してきたのは羅衣。
彼は目を鋭くさせながら真顔で「俺の」と言ってのけた。
というか強調しないで、"妹"を!
余計ややこしくなる!


今までも女に間違えられることは何度かあった。
だがそれは名前が"真希"なので、名前だけ聞いて女だと勘違いされたのであって、やはり皆、顔と声で男だとわかってくれた。
まぁ男子用の制服を着てるから納得できるのだろうが・・・。

いや、でも別に今だって女の子っぽい服着てるわけじゃないし思いっきしメンズだし、確かに背は小さいけどそんな女顔なワケでもないし、でも中性的って言われたこともあるけど、あるけど!
そんだけじっと見つめればわかるだろうが、男だってよぉ!

いい加減、泣き出したくなってきた。
あれ、目の前が霞んで来たぞ・・・?
心なしか霞んだ視界の中の大きい川の向こうで死んだ婆ちゃんが手を振っているように見える



『ちょ、ちょっと待って下さい!僕だってマスターのこと・・・その・・・』

『俺だって真希のこと狙ってんだからな!』

『オイ状況考えろ』



暁鴉の鋭いツッコミも、ノリノリになってしまった彼らには届いていなかった。
しまいには、右腕を羅衣、左腕を縹に掴まれ、右へ左へ揺られ続ける。

勿論ケバい姉さん方からの視線も相変わらず痛い。




「あぁ、もう!暁鴉!ドリルくちばし!!

『いえっさぁ!』

『っちょ、マスター・・・ジャンル違っ・・・』



痺れを切らした俺は一番まともそうな暁鴉にそう叫んだ。

すると暁鴉は待ってました!とでも言うように凄い勢いで飛んできて縹の脳天を鋭い口ばしで貫いた。
羅衣には残念ながら避けられてしまったが。

縹がドサリと地面に倒れ、俺を睨んでいたケバいお姉さん方数人が小さく悲鳴を上げる。
暁鴉は数回空中で羽ばたいてから、してやったりの表情を浮かべ、俺の腕に止まった。

俺は暁鴉の喉元を撫でながら、



「さぁ・・・・・・・次はどいつだ?



その言葉を聞くか聞かないかの内に、ケバいお姉さん方は逃げていった。

まぁ逃げてもらわなきゃ困るけど。
あの化粧によって真っ白くなったオカメのような顔が赤く染まったら・・・・・余計スプラッターだ。
さながら某ホラー映画のテレビからゆっくりと出てくるあの女の人のようになってしまうだろう


俺はふぅ、と小さく安堵の溜息を零し、



「グッジョブ、暁鴉!」

『おう!』



暁鴉を優しく撫でてやると彼は目を細めて嬉しそうに笑った。


その時、頭の上にポンと手が置かれ、優しく撫でられる。
手が伸びてるほうに視線を向けるとそこには薄っすらと優しい笑みを浮かべた羅衣が居た。



「・・・・・何スか?」

「いや、何でも」



首を傾げるが、彼はひたすら微笑んでいるだけで、何故微笑んでいるのかは教えてくれなかった。



『マスター!』

「ん?・・・ぐはっ!



首を傾げ続ける俺の元にセドナが走り寄って――というか、腹にタックルをカマしてきた。
彼の小さな身体からは想像もできない破壊力に、俺は思わずその場にうずくまる。



「い、一瞬あの世が見え・・・っつーか5秒間くらい逝った・・・」



今度は婆ちゃんが手招きしてた・・・。
あれ、そういえば隣にサ○゙コがいたような気が



『惜しかったな、真希。もう少しでウチに嫁いで来れたのにな』

「冗談は止してくれるかな、リクお兄さん」



笑顔で言うリクに若干殺意を抱いた。




――――――――――――



「全く・・・本気で突っ込んで来なくてもよかろうに」



縹が脳天をさすりながら不満げに呟いた。

だが俺としてはあれだけでは足りなかった位だ。
どうせなら俺も直接一発殴ってやりたかったというのに。



「次下らねぇコトやったら今度は海に捨てるからな」



不満を漏らす彼にそういうと、



「帰ってきて襲ってやるから、安心せい」

『それはオレが許さねぇ』

『僕だって許しませんよ!』

「あのね?そもそも俺、男だから」



そんな俺たちのやりとりと見ていた羅衣とリクが楽しそうに笑っている。


というか、コイツ等はどこまでが本気でどこからが冗談なのかわからない。
良く見たら始終真顔だし・・・。

まさか・・・全部、本気?

いやいや・・・それはありえない。
明らかに育て方間違ったとしか思えなくなる



「はぁぁあ・・・何か腹減った」



思わず長い溜息と共に、そう呟いた。
精神的ダメージもあったからだろうか、普段よりも空腹感が大きい。



「今日は暁鴉が活躍してくれたから、お前の好きなモン作ってやる」

『え、マジ?!』



後ろでバサバサと嬉しそうに羽ばたいている暁鴉に首だけ振り向き、あぁ、と頷く。
それから「何が食べたい?」と聞くと彼は数秒考えてから俺の肩に留まった。



『パンが喰いてぇな』



そう言った後に暁鴉は手作りの、と付け加えた。
それに反応したのはセドナと縹ではなく、羅衣とリクだった。



「ほう・・・手作り、か」

『いいなー、俺も食いたいなー』



彼らはこちらをじっと見つめながら、強請る様な顔。
一方見つめられた俺も視線を逸らす事ができず・・・・・。



「仕方ないな・・・食っていきます?」

「あぁ」

『へへっ、楽しみだな』



負けてしまった。

まぁ別に嫌なわけではないが。



「んじゃ・・・買い物にでも行きますか」



さてどんなのを作ってやろうか、と俺は頭の中でレシピを練り始めるのだった。






――――――――――――




今現在、俺は台所に立ち、洗い物をしていた。

水の流れる音と食器同士がぶつかる金属音が何だか心地よく聞こえる。
季節が夏なだけあって泡を含んで食器から手へと伝ってくる水が冷たくて気持ち良い。
今は大丈夫なのだが冬場になってくると、洗剤と乾燥気味の空気によって手が荒れてしまうのが悩みだ。


俺は泡を含んだスポンジを動かす手を一旦止め、ふと後ろに視線を移した。

俺の後ろには作った料理を一時的に置けるようなカウンターがあり、それに隣接するようにダイニング用のテーブルと椅子がある。
そしてその奥にリビング用の低いテーブルとクッション、ソファがあり、ソファの真正面にテレビがある。

羅衣と縹はダイニングテーブルに設置されている椅子に座って食後に出したコーヒーを優雅に啜っており、セドナと暁鴉、リクはソファの上で寛いでいた。


その時、俺の視線に気付いたのか羅衣が顔をあげ、



「すまないな、真希。洗い物すら手伝えず・・・」

「いや、俺が良いって言ったんだから・・・気にしないでください」

『っつーか羅衣が手伝ったら逆に仕事が増えるぜ』



リクがソファに座ったままそう言った。
羅衣はそんな彼を遠めで睨んでから、ふぅと溜息を吐く。



「まぁ確かに家事はあまり得意ではない」

「え、じゃあいっつも誰が飯作ってたんだ?」

「雅也」



俺は彼の言葉に思わず噴出した。

雅也が家事得意とは・・・!
彼がキッチンに立ってる姿など想像できない。



「俺は真希の作った料理の方が個人的に好きだがな」

「そ・・・そっすか」



流石にそんなことを真顔で言われると照れてしまう。
俺は頬が火照るのを自覚した。



「ふふ、照れてるのか?」



まるで悪戯好きな子供のように笑う彼から視線をずらし、俺は再び手を水に晒す。
冷たい水は火照った頬と身体を冷やしてくれた。

そのまま一気に洗い物を済ませ、手についた水をタオルでふき取り、リビングにあるソファへと向かう。
ソファの端っこに固まって先程まで寛いでいたセドナと暁鴉はいつのまにか眠りに落ちており、その近くにいるリクも眠そうに目元を擦っていた。

俺はソファの空いているスペースに座り込む。
すると寝ぼけたセドナが俺の膝の上によじ登って丸くなり、そのまま寝てしまった。
それに便乗してか、暁鴉も千鳥足で近付いて来たと思ったら俺に寄りかかり、更にリクまでもが俺の隣で寝息を立て始めた。

も、もふもふ天国・・・ッ!

正直動物好きとしては堪らない。
冷静を装ってはいるが、内心では身悶えして喜びたい気分だ。


ふわふわした温もりに包まれ、思わず俺も睡魔に襲われる。
数分後には俺の意識は夢の中へと沈んでいた。



「こういう時は、小さな身体を持つ彼らが羨ましくなるな」

『全くだ』



そんな俺を見つつ羅衣と縹がそう呟いたのを、眠ってしまった俺は知る由も無かった。




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