「ん・・・あれ・・・?」



俺は頬に暖かい日差しを感じ、目を覚ました。
そっと目を開けると、一気に日差しは強くなり、思わず反射的に目を細める。

寝ぼけ眼を擦りながら身体を起こすと、俺の腹の上辺りで寝ていたセドナが転がった。
俺が動いた気配に気付いたのか、頭の近くで眠っていた暁鴉も目を覚まし、大欠伸を零す。
次いでソファの上に無防備に腹を出して転がったセドナもきょとんとした顔で俺を見上げて、一言。



『ますたぁ・・・・おはよぅございま』

『真希!腹減った!』

「挨拶優先だろ」



セドナの第一声は、既に覚醒し切った暁鴉の堂々とした"腹減った"宣言によって遮られてしまった。
一方、セドナはそれに気付いているのかいないのか相変わらずの寝ぼけ眼で、




『おやすみなさい・・・』




こてん、と再び目を閉じ、眠りに落ちる。
ってちょっと待て。

俺はふと窓の方へ目を向ける。
カーテンは閉まっているが、その向こうからは心地良い朝の日差しが差し込んでいた。



「い、今何時・・・?」

『午前6時だ』



俺の言葉に答えたのは、ガチャリとドアを開けてリビングに入ってきた縹だった。
「マジ?」と不安げに聞き返した俺に、縹はこの状況で嘘を吐いてどうする、と苦笑してみせる。
その表情はやれやれ、と言った風だ。

何だか子ども扱いされてる気がして、若干ムッとしたが、このタイミングで横から暁鴉が『空腹タックルぅ!』とか何とか叫びながらわき腹に頭から突っ込んできた
暁鴉の小さな身体からは想像も出来ないほど強烈なタックルを喰らい、俺はソファに仰け反る。
今、何かピキッていう嫌な音が・・・



「な、何すんだ・・・暁鴉・・・」



早朝にしては妙に元気な暁鴉に、俺は折れそうになった肋骨の辺りを押さえて振り返る。
すると彼はどうだ参ったか、とでも言いたげな顔をしていた。



『腹減ったぞ!』

「わかったっつの・・・・あ、そうだ、縹」

『何だ?』

「羅衣は?」



昨日、きっと俺はソファで寝てしまった。
そして結局そのまま朝まで起きなかったのだと思う。
泊まっていく、みたいな話も出たりはしたのだが、決着がついたわけではなかったので、彼らがどうしたのかわからない。

尋ねてみると、縹は、あぁ、と零した。



『早朝に帰った。2時半くらいにな』

「ふぅん・・・」



また会いに来てくれるんだろうか。
神出鬼没な人だから、まぁ忘れた頃にでもまた来るだろう。

そんなことを考えながら俺はソファから立ち上がった。
すると暁鴉が待ってました、といわんばかりの眼差しで俺を見上げながら一生懸命羽ばたく。
羽が舞うだろ、と彼を注意しながら台所へと向か――おうとしたのを寸前で思いとどまった。

くるりっと振り向いて、ソファの上でぐったりとしているセドナへ視線を向ける。



「何か、気分悪そうだけど・・・大丈夫か?」

『あぁ・・・すみません、大丈夫です。少し、眠いだけです・・・』

「そうか。ならいいけど・・・」



セドナは力なく微笑んで見せた後、再びこてんとソファに倒れこんでしまった。
半端なく心配なんだが・・・大丈夫だろうか。

彼に「一応、飯用意しとくな」と声をかけると、彼は頭を動かさないままこくんと小さく頷く。


かなり心配だが、朝飯朝飯、と連呼する暁鴉に負け、俺はとりあえず朝食を作るために台所へと足を運んだ。



―――――――――――



朝食を食べ終え、膨らんだ腹を満足そうに撫でる暁鴉を横目で見つつ、俺はまだセドナが寝ているであろうソファへと向かった。
ソファでは、やはりセドナが相変わらず力なく寝転んでいる。

大丈夫か?と声を掛けようと近付いた所で、俺は彼の異変に気付いた。



「セドナ?どうした?!」



何だか呼吸が先程よりも荒い。
心なしか頬も赤く染まっているように見えるし、いつもピンと立っているはずの耳は垂れ下がっている。

俺は咄嗟に駆け寄り、セドナを抱き上げた。
すると額に触らずとも彼の体温が異常なほどに高いのを理解する。



『ます・・・た・・・』

「大丈夫か?!どうしたんだ?!」

『何だか、意識が・・・ボーっとして・・・喉も痛いし・・・頭も、痛くて・・・』



その言葉で俺の考えた可能性は、確実になる。
セドナは、どうやら風邪を引いてしまったらしい。
まぁ体温高い時点で決まったようなモンだったけどな。

その時、俺の声を聞きつけたのか暁鴉と縹がこちらへ近付いて来た。
暁鴉は何だ何だ、という表情をしているが、縹は何となく空気で察したらしく、苦い表情をしている。



「こんな所で寝てちゃダメだ。俺のベッドで寝てろ」

『すみ、ませ・・・・・ます、たー・・・』

「無理すんな」



熱を持っている額に手を持っていき、ゆっくりと撫でた。
するとセドナは気持ちよさそうに目を瞑る。



「縹、タオルと冷水を準備してくれ」

『承知した』

「暁鴉はセドナの近くにいてやってくれ。俺はセドナが食えそうなモンを準備してくる」

『おうっ』



乱れたベッドを直し、柔らかい枕にセドナの小さな頭が乗るようにゆっくりとベッドに寝かせた。
すると縹と暁鴉は指示された通り、動き始める。



「辛いかもしんねぇけど我慢してくれよ」

『はい・・・すみません、みなさん・・・』



申し訳なさそうに下を向くセドナの額を撫で、大丈夫だ、と耳元で囁いてから、その場を暁鴉に任せて俺は部屋を出た。
勿論、猫用のお粥を作るために。

・・・作ったことないけど。



「柔らかくして、塩とか使わなきゃいいか」



うん、と一人で納得して台所に向かう。
後ろで話を聞いてしまった縹が心配だ・・・という表情をしていたのを俺は知る由も無かった。






数分後、何とかお粥を作り終えて部屋に戻ると頭に濡れタオルを載せて、苦しそうな呼吸を繰り返すセドナが目に映った。
見ているこちらが苦痛になってくる。
思わず俺は顔をしかめた。



「セドナ、具合はどうだ?」

『あんまり・・・変わってないです・・・』

「だよなぁ・・・」



わかりきった事を聞いても余計沈むだけだ。
とりあえずは腹に何か入れないと、元気になれるものもなれない。

俺は作ってきたばかりのお粥をベッドサイドにあるテーブルに置いて、近くにある椅子を持ってくると、そこに座る。



「お粥作ってきたんだけど・・・喰えそうか?」

『えぇ・・・一応・・・』



そこで縹がベッドに腰掛けながらこちらを心配そうに見た。



『真希、今日は学校だろう?準備をしなくて良いのか?』

「あぁ・・・さっき雅也に休むって連絡した」


だから大丈夫、そういってニッと笑う。
俺のその言葉に驚いた様子を見せたのはセドナだった。
彼はガバッと勢い良く起き上がって『ダメですよ!』と声を荒げる。
その行動に、逆に驚いてしまった俺は目を白黒させた。



「な、何でセドナが怒るの・・・?」

『マスターがおやすみするひつようなんて、ありませ・・・はぅう・・・』



呂律が回っていない上、力説の途中で力尽きたセドナは再びベッドに倒れこむ。
相変わらず目は断固拒否、と物語っていた。

しかしここでわかりました、と素直に従う俺ではない。



「なーに言ってんだ。お前は俺の相棒であり従者だ。従って、お前の風邪は俺の責任。すなわち、俺が看病しなくて誰がするのか、っつーことだな」



そして最後に、俺頭良いから心配すんなよ、と付け加えて、ニカッと笑って見せた。
見ようによっては笑顔すらも嫌味っぽく取れるものだったが、セドナは特に何も言わず、ただふぅと溜息を零した。
やれやれ、といった風だ。



『マスターのせいなんかじゃ、ないです、よ』



歯切れ悪く不満そうに言うセドナの口を塞ぐように、俺はテーブルの上に置いたお粥をスプーンで少量掬い、彼の口元まで持っていった。
セドナは相変わらず不満そうな表情だったが、腹は減っているらしく差し出されたお粥を小さな口で一生懸命頬張っている。

密かに可愛いなぁなんて思いながら、もう一度掬っては口元に持っていく。

ふと頬からの視線を感じてそっちへ視線を移すと、暁鴉がお粥をゆっくりと噛んでいるセドナを羨ましそうに見ていた。
欲しいのか?と問いかけると遠慮がちに頷く。

食べさせてあげたいのも山々だが、同じスプーンであげるわけにはいかない。



「昼に作ってやるから」

『おぉっ』



そういうと暁鴉はぱっと表情を輝かせて嬉しそうに頷いた。

そんな彼に顔が綻ぶのを自覚しつつ、お粥をセドナの口元に運んでいく。
数分後には小さな深皿にあった少量のお粥はあっという間に無くなってしまった。

俺はほっと胸を撫で下ろした。
熱は高いが、ある程度の食欲はあるようだ。
只でさえ細いセドナの身体がこれ以上細くなっては、まるで食わせてないように思われてしまう。
まぁ太られたら太られたで色々困るけど。



「まだ喰うか?」



お粥を完食してしまったセドナにそう尋ねるが、彼は首を横に振った。
そうか、と呟いて、縹に持って来てもらったコップに入った水を少しずつ飲ませていく。

そこで俺は、さて・・・と考え込んだ。

風邪なのだから風邪薬を飲ませた方がいいんだろうが・・・。
生憎俺の家には人間用の薬(b>パ○゙ロンやバ○ァリンなどの市販の薬)はあっても、猫用の薬まではない。
というか今まで動物を飼ったことがないのだから当たり前といえば当たり前なのだが。

とりあえず動物病院に連れて行くべきなのだろうか・・・?


そんなことを考えていると、セドナが俺の心を見透かしたかのように、



『そんな心配そうな顔、しないでくださいよ・・・僕なら大丈夫です』



そう言って弱々しく微笑んで見せた。

そんな風に言われると逆に心配になるんだけど・・・そんなことを考えながらセドナの頭をそっと撫でる。


その時、



「ッ・・・?!」



突然心臓が激しく脈打ち始めた。
こんな時に、と俺は思わず小さく舌打ちをする。

いつも通り・・・いや、いつも以上に心臓が締め付けられるほどの激痛が走ったが、何とか悟られまいと床へ崩れ落ちるのは何とか耐えた。



『・・・マスター?』

「何でも、ない・・・よ」



ニコリと笑って見せるものの、引きつっているを自覚する。

怪訝そうな表情でこちらを見つめるセドナから視線をずらし、片付けてくるよ、と震える声で伝えると、俺は部屋を出た。
リビングに続くの廊下を少し歩いたところで、ついに耐え切れなくなり、膝から崩れ落ちる。

この家に階段が無くてよかったと思う。
もしあったとしたら、きっと今頃は転がり落ちている頃だろう。

そんなことを考えながら立ち上がるため脚に力を入れようとするが、思いのほか痛みが激しく、上手く出来ない。



「っく・・・はぁっ、はぁ・・・」



もっと違う知らせ方はないのか、と口の中で悪態を吐きながら軽く床を殴った。
だからといってどうにかなるわけでもないが。

せめて皿だけは台所に置いてこないと。

しかし身体は言うことを聞かない。



(これじゃ鏡の前にすら到着しねぇよ・・・)



その時、視界が少し暗くなり、突然身体が上に引き上げられた。
驚く俺にはお構いなしにずるずると廊下を引きずられていく。



『全く・・・打ち明けても良かろうに』

「セドナには、無理して欲しくねぇから・・・」

『まぁ、お主らしいといえばらしいな』



ふっと俺を抱えたまま、縹が笑う。



『だが言わぬのも、逆に不安を招くだけだぞ?』

「気付かれる前にぶっ潰す」



アイツの場合、『マスターの力になるのが、僕の役目ですから』とか何とか言って、無理やり着いてくるのは目に見えていた。
ただでさえ対処法が見つかっていないというのに、これ以上悪化されては困ってしまうし。



『待てよ』



異空間へ繋がる鏡がある、奥の部屋へと向かおうとした時。

後ろからバサリと小さく羽ばたく音と共に、高い声のトーンを若干落とした暁鴉が姿を現した。
いつもはテンションが高い暁鴉だが、今回は違う。
少量ではあるものの、その声には怒気が含まれていた。

滑って転んでしまいそうなフローリングの廊下にちょこんと佇みながら、暁鴉はこちらを見ている。



『縹、テメェはセドナの世話役だ。怪物退治にはオレが行く』



一方、暁鴉に気付かれると思っていなかった俺は思わず目を丸くしてしまった。
それは縹も一緒だったようで、表情には出していないが驚いているのは何となく感じ取れる。



『オレが気付かないとでも思ったのか?』



小さく鼻で笑いながら、暁鴉は飛び上がり俺の肩に留まった。
そして若干頬にふわふわした身体を押し付けながら、



『セドナには劣るけどな、お前よりは真希との付き合いは長いんだ。抜け駆けなんて許さないぜ』



何だかシチュエーション的に女取り合う男二人になってるぞ。

思わず迂闊だった、と肩を落とす。
流石の暁鴉もそこまで鈍くなかったか。



『全く・・・僕がいない所でマスター争奪戦なんて・・・・許さないですよ?』



そして更に、一番望んでいなかった展開に。

廊下の置くから闇にまぎれて現れたのはやはりセドナで。
俺は思わず顔をしかめた。



『何ですか、マスター、その顔は。まるで"ッチ、来やがった"とでも言いたげな顔ですね』



そこまでは思ってない。

そう伝えたくて口を開くも、相変わらず心臓に走る痛みに負け、言葉が出なかった。




『・・・・・下さい』

「えっ?」

『行ってきて下さい』



セドナはごく優しい口調でそう言った。

顔を上げると、セドナはいつも通りの表情でそこに居る。
若干フラついてはいるが。

言葉の意図が理解できずに目を白黒させる俺を見ながら、セドナは、



『今の僕が行っても、足手まといでしょうし』



悲しそうに言うセドナに心が痛むが、今回ばかりは連れて行けない。
ごめん、と小さく謝ってからニカッと笑う。



「すぐ帰ってくるからな」

『・・・・・はい』



セドナも、嬉しそうに微笑んだ。




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